第2話

第4章:準決勝第1試合 ― 東西の激突


「準決勝第1試合、調理時間は90分!」


審判の声とともに、田中とフランスチームのピエール・デュボワが同時にキッチンへと向かう。表面上は平穏なスタートでも、その裏には幾重にも張り巡らされた策略があった。


スタジアム内の異変


調理が始まって20分。ピエールの動きに異変が見られた。


「……ん、ワインの香りが…おかしい」


最高級ブルゴーニュの香りが立ち上らない。スパイスが暴れているような奇妙な錯覚——。


その正体は、朝のビュッフェで仕込まれたサフラン作戦だった。分析班が微量のサフラン粉をピエールの舌と嗅覚に上書きしていたため、彼の香りのバランス感覚が狂っていた。


香り干渉作戦


さらに、豚骨チームが準備していた別の作戦が始動する。


「香気干渉班、投入開始」


一ノ瀬監督が指示を出すと、観客席の最前列に配置された味方要員が、一斉に強烈な炭火の香りが染み込んだハンカチを取り出し、周囲で扇ぎ始めた。


「……! 何だこの匂いは……?」


炭火チャーシューの焦がし香。これがスタジアム内の気流に乗り、ピエールのブース付近に集中して流れ込む。香りのバランスが狂った料理人にとって、これは拷問に近い。


「審判に通報されないですか?」と控えのスタッフが聞いたとき、一ノ瀬は笑った。


「ハンカチで扇ぐのが違反? マナーの良い観客に文句は言えまい」


審査員操作:温度戦略


田中は、スープの温度を通常より2.5度高く設定していた。スープが審査員の前に届く頃には、ちょうど「人肌に落ち着く極上温度」になるよう緻密に計算された仕掛けだった。


一方、ピエールの皿は、提供直前に野菜の水分バランスが崩れ、ソースが緩くなる事故に見舞われる。原因は不明だった。


第5章:運命の審査 ― 勝利は誰の手に


ピエールのコック・オ・ヴァンは、素材の質と技術に迷いはない。だが、ワインの香りが思うように立ち上らない。


「重い…やや平坦な印象だ」と審査員の一人が評価を口にした。


一方の豚骨ラーメン。


スープを口にした審査員の一人が、無言で目を閉じる。


「……この香り。炭の記憶、豚骨の慈愛、そして……熱が伝えてくる安心感」


「麺とスープの結婚が、計算ではなく物語に感じられる。完璧な相性です」


決め手となったのは、香りの勝利と温度制御だった。


「準決勝第1試合、勝者は……日本!豚骨ラーメン!」


ピエールは悔しさを隠せなかった。だが、プロとして潔く、田中と握手する。


「あなたの料理は素晴らしかった。だが、裏の戦いにも負けたと認める」


田中は黙して頷いた。自分が戦略の中心ではなかったことを理解していたからだ。


「次も…勝たねばならない」


第6章:決勝への道 - 執念の形


準決勝を勝ち抜いた日本チームの控室。歓喜の空気が広がる中、一ノ瀬監督の表情だけは厳しさを増していた。


「祝杯はまだだ。本当の戦いはこれからだぞ」


田中は頷いた。決勝の相手は、中国の「ペキン・ダック」チーム。準決勝では、インドの「チキン・ティッカ・マサラ」を圧倒的な技術差で下していた。


「彼らの戦略は?」


「分析班からの報告では、三重防御システムを構築しているようだ。情報封鎖、味覚撹乱、そして心理戦」


一ノ瀬は大型タブレットを取り出し、チームに見せた。


「ペキン・ダックチームのリーダー、鄭(チェン)明月。北京料理界の帝王と呼ばれる男だ。三代に渡る料理の家系であり、現代中医学と料理科学を融合させた新理論の提唱者でもある」


「あの人が…」田中の顔が曇った。


「何かあるのか?」


「10年前、私が修業中の店を訪れ、厨房に入り込んで秘伝のタレの配合を盗み出したと噂される人物です」


沈黙が流れた。


一ノ瀬は冷静に言った。「噂は噂だ。だが、彼の強さは本物。特に彼の武器は『味覚の五行理論』。五つの味を完璧にコントロールし、審査員の舌を自在に操る。まさに舌の詐術師だ」


分析班の宮坂が手を挙げた。


「情報部からの緊急レポートです。鄭のチームは、VIP席の換気システムに特殊なアロマを仕込み始めました。おそらく、ダックの香ばしさを引き立てる前処理です」


「やりやがったな…」一ノ瀬は低く呟いた。「こちらも全力で行くぞ。作戦名『執念の舞』を開始する」

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