食のオリンピック~豚骨ラーメンの挑戦~

奈良まさや

第1話

第1章:五年に一度の祭典


ニューヨークのマンハッタンに建設された巨大な円形スタジアム。その中央には八つの調理ブースが設営され、最新の調理設備が完備されている。観客席からは調理の様子がクリアに見えるよう設計されていた。


「Ladies and gentlemen! Welcome to the 2025 Culinary Olympics!」


司会者の声が響き渡る中、世界中から集まった五万人の観客が熱狂的な拍手を送った。五年に一度開催される「グルメ・オリンピック」——世界中の料理人たちが、それぞれの国の威信をかけて戦う、食の祭典である。


会場のVIPシートには各国の要人や世界的に著名な料理評論家たちが座り、大型スクリーンには各種目の結果が表示されていた。


**魚料理部門**:金・銀・銅すべて日本(寿司、刺身、煮魚)

**豚肉部門**:金・ドイツ(シュヴァイネハクセ)、銀・スペイン(ハモン・イベリコ)、銅・中国(回鍋肉)

**サラダ部門**:金・イタリア(カプレーゼ)、銀・ギリシャ(ホリアティキ)、銅・アメリカ(コブサラダ)

**麺類部門**:金・イタリア(カルボナーラ)、銀・日本(うどん)、銅・中国(担々麺)


しかし、真の勝負はこれからだった。


「そして、いよいよメインイベント——オールマイティ競技の準決勝が始まります!」


第2章:過去の栄光と今年の挑戦者


五年前、コロンビア発祥の「レチョナ」が金メダルを獲得した瞬間は、今でも語り草になっている。豚の丸焼きに米や野菜を詰め込んだこの料理が、イタリアの「ピッツァ・ナポレターナ」とブラジルの「ピカーニャ」を僅差で破ったのだ。


「あの時のレチョナの香りは、スタジアム全体を包み込んだ。まさに五感で感じる勝利だった」


食評論家のマリオ・ベルナルディが、隣に座る同僚にそう語りかけた。


「しかし、今年の顔ぶれは違う。特に注目すべきは、日本の豚骨ラーメンだ」


今年のベスト4に残った料理は以下の通りだった:


1. **豚骨ラーメン**(日本)

2. **コック・オ・ヴァン**(フランス)

3. **チキン・ティッカ・マサラ**(インド)

4. **ペキン・ダック**(中国)


第3章:豚骨ラーメンチームの戦略本部


日本チームの控室は、もはや厨房ではなく戦場の作戦指令所と化していた。


チームは大きく3つに分かれていた。


⚫️調理班:中心となるのは、三代続く博多の老舗「田中ラーメン本店」の店主・田中雄介(38)。

⚫️分析班:審査員や他国料理の傾向をデータで読み解く「味覚情報局」。元味覚研究所の研究員やフードアナリストが揃う。

⚫️監督・指揮班:全体戦略を指揮するのは、元航空自衛隊出身の異色のグルメ戦術家・一ノ瀬遥(50)。


ビュッフェ会場での情報収集:午前9時00分


五万人の観客がスタジアムに入る前、VIP専用の朝食ビュッフェがホテルのスカイラウンジで開かれていた。そこに、ひときわ目立たない姿で潜り込んでいるのが、分析班の宮坂アキラ。彼は気配を消すプロだった。


「アントニオ審査員長、カモミールティーとクロワッサン3つ目ですね…」


「ベルナルディはサフランライス、2口で残したか。あの香り、苦手だな」


アキラは瞬時にデータを記録し、無線で本部に送信した。


戦略本部:午前10時12分


分析データを受け取った一ノ瀬監督は、チーム全体に指示を飛ばした。


「本日のベスト布陣は以下の通り。スープ担当:田中。麺:青山(熟成多加水)。チャーシュー:池袋の『極炎』を緊急招集。炭火炙りの香りが、審査員の嗅覚に効果的だ」


「了解しました!」


調理班が一斉に立ち上がる。


「フランスチームへの対策だが…今回は、香りの攪乱作戦を使う」


控室に緊張が走る。


「コック・オ・ヴァンのソースは、ワインの香りを引き立てる必要がある。だが、嗅覚を混乱させる別の香りが支配していたらどうだ?」


「……ワインの香りが立たない」


「その通り。朝食ビュッフェで、相手チーフに微量のサフランが含まれた料理を摂取させるよう仕向けた。香りのバランス感覚を一時的に狂わせる効果がある」


勝利のためなら、ルールすれすれの線も越える——それが、豚骨ラーメンチームだった。


直前ミーティング:準決勝前


控室では最終確認が行われていた。


「スープの温度、92.6度キープ。トッピングは試食段階で、審査員が『母の味』と形容した構成に戻します」


「敵の赤ワイン、香りが立たなければただの鶏煮込みだ。恐るな」


「田中、震えてるのか?」


一ノ瀬が田中に声をかけた。


「いえ……これが、覚悟の震えです」


「よし。我々の戦いは、ここからが本番だ」

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