第4話 推しができた夜
──孤独には、形がない。
でも、静かに沁みてくる。
健二は、高校教師という肩書きの裏で、
人との関わりを極端に避けて
生きていた。
放課後の職員室。
生徒が笑い声をあげる廊下の向こうで、
自分だけが別の世界に取り残されて
いるようだった。
かつて信じていた友人に
裏切られた過去。
何気ない言葉に傷つき、
それ以来、人に心を許せなくなった。
それでも生徒たちは、
そんな健二に、ほんの少しの
まなざしを向ける。
ある日。
帰り際に、ひとりの生徒がふと口にした。
「先生、これ……見てみてください。
めっちゃ良いから。」
そうして差し出されたスマホの画面には、
「Stella☆Luxe」の文字が光っていた。
帰宅後、何気なく再生した動画。
画面の向こうで歌っていたのは、
真堂さくら。
──静けさの中に、秘めた情熱。
歌っているのに、まるで言葉を
使わずに語りかけてくるような、
不思議な存在感。
その視線、その所作のひとつひとつが、
目を逸らせないほど美しくて、
どこか切なかった。
「……あの子、
泣きそうな目で笑うんだな」
健二は、気づけば再生ボタンを
何度も押していた。
心のどこかに張りつめていた孤独が、
少しずつ、緩んでいくようだった。
彼女は、過去の痛みも、裏切りも、
すべて飲み込んだうえでステージに
立っている。
そう思えた。
「俺より、ずっと強いな」
その夜から、健二のスマホには
「ステリュク」のプレイリストが
並ぶようになった。
職員室で誰にも気づかれぬように
イヤホンをつけて、昼休みに、
そっと再生する。
真堂さくらの歌声が、
彼にとっての救いとなっていた。
──あの日、たしかに彼は、
「推し」を見つけた。
それは、もう一度誰かを信じるための、
小さな始まりだった。
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