第2話 名前を知らない誰かへ

帰宅しても、まだ胸の奥で

ひかりの歌声が震えている。


何度も動画を見返しながら、

言葉にできない想いが胸のなかで

波紋のように広がった。



「推し」――



まだ慣れない言葉を、自分の中で繰り返した。


どうしてこんなにも心がざわつくのか。

なぜ涙が溢れるのか。

ひとり、スマホのメモ帳に

ぽつりぽつりと書き留める。



「光って、ただ眩しいだけじゃない。

暗い場所にある僕の心を、

そっと照らしてくれるものなんだ」



誰に見せるわけでもなく、

ただ文字を並べていると、

その孤独な言葉は、

どこかに届いてほしいと願い始めていた。



ある晩、思い切ってその言葉を

SNSに投稿してみる。

フォロワーは少なく、

誰にも届かないかもしれない。


それでも、たったひとつの

小さな灯火として、

同じように心を揺らす誰かに

届くかもしれない。



数日後。


知らぬ誰かからの小さな返信が届いた。



「その言葉、すごく沁みました。」



名前も顔も知らない。

でも、たしかに誰かがこの想いに

頷いてくれた。



翔太は返事をしなかった。

言葉を返す自信もなかったし、

何を言えばいいのかもわからなかった。


それでも、その無言のやりとりに、

なぜか心があたたかく

満たされていくのを感じた。



画面の向こうにいる見知らぬ“誰か”。

名前もわからないけれど、

確かにそこにいる“誰か”の存在。



ひかりの光は、翔太を照らし、

翔太の言葉は、

誰かの心の闇を少しずつ溶かしはじめていた。



それはまだ見えない線。

けれど、確かな繋がりの始まりだった。



──名前を知らない誰かへ、


僕の言葉は届いているだろうか。

僕も、君も、ひとりじゃない。


そう思うだけで、静かな夜の闇が、

少しずつ薄れていった。

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