第1話 光に出会った日
──世界は、今日も少しだけ静かに滲んでいた。
始発で通い、終電で帰る。
無表情なフロアと、沈んだモニターの光。
会社とアパートを行き来するだけの毎日が、
いつしか「普通」になっていた。
誰かと深く関わることを避け、
感情を持つことさえ、
どこか遠慮がちになっていた。
食事はインスタント、休日は寝て過ごす。
名前のない日々が、積もる音もしないまま、
僕を覆っていた。
そんな夜のことだった。
部屋の灯りを点ける前に、
いつものようにスマホを取り出し、
適当にYouTubeを開いた。
アルゴリズムは、
よくも悪くも気まぐれで──
その夜、僕の画面に映し出されたのは、
「Stella☆Luxe(ステラリュクス)」
という名前の、無名の
地下アイドルグループだった。
再生数は少ない。
会場も狭くて、照明も音響も
お世辞にも完璧とは言えない。
それでも──
ステージの真ん中にいた彼女だけは、
どうしても、目が離せなかった。
天宮ひかり。
きらきらしてる、なんて陳腐な
言葉では足りなかった。
まるで、曇った心の中に
そっと差し込むような、
やわらかくて、あたたかい光だった。
歌は、アイドルでは上手い方だろう。
でもそれだけじゃない。
まっすぐな声が、まるで誰かの涙に
気づいて寄り添うようで。
パフォーマンスの隙間に、
彼女の"祈り"みたいなものが滲んでいた。
画面越しなのに、胸の奥がざわついた。
言葉にならない感情が、じわじわとあふれて、
気づけば、目尻が濡れていた。
こんなふうに泣くのは、
いったい何年ぶりだろう。
別に感動とか、感謝とか、
そういうのじゃなくて──
ただ、心が温かさにふれた衝撃だった。
ライブ映像のコメント欄に目をやると、
そこにはたしかに誰かがいた。
「ひかりちゃんの歌に救われた」
「この瞬間だけは、生きててよかったって思える」
「なんでだろう、涙が止まらない」
知らない誰かの言葉に、
すこしだけ、共鳴した。
名前も顔も知らないけど、この光を、
同じように見つめている人がいる。
そう思っただけで、不思議と
孤独が薄まっていった。
──あの日、光は音よりも先に、胸に届いた。
人生のどこかで、
すっかり置き去りにしてしまった“何か”が、
そっと背中を叩いてきた気がした。
僕はスマホを持つ手を、
少しだけ強く握っていた。
そして、
生まれて初めて、ひとつの言葉を口にした。
「……推し、か。」
それは、ほんのささやかな希望だった。
でも、たしかにその夜、
僕の世界には“ひかり”が差し込んだのだった。
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