推しがいるこの世界で
Stella⭐︎Luxe
プロローグ
街は、今日も生きていた。
湿ったコンクリートの匂い。
すれ違う人の足音。
投げ出された空と、誰にも見られなかった夕焼け。
そんな世界の端っこで、
僕はただ、息をしていた。
生きるって、呼吸みたいに止められないのに、
時々、ちゃんと苦しい。
目が覚めるたび、少しずつ色を失っていく日々のなかで、僕の中の「明日」は、もうずっと前から、どこかに置き去りにされていた。
──希望という言葉を、何に似ていると表せばいいだろう。
温かいもの? 明るいもの?
それとも、
触れられそうで、いつも手のひらからすり抜けていく風のようなもの?
そんなある夜のこと。
YouTubeに流れてきた一本のライブ動画。
地下の狭いステージ。
ぎこちない照明、途切れがちな音響。
でも──
そこに立っていた5人は、
まるで“星座”のように、
確かにひとつの輝きを結んでいた。
なかでも一人。
天宮ひかり。
彼女の声は、光だった。
ただ眩しいだけじゃない。
胸の奥、誰にも触れられたくなかった場所に
そっと触れてくるような、やさしい光。
突然、涙が頬を伝った。
なぜかは分からない。
ずっと冷えていた心が、
ゆっくりと、ゆっくりと溶けていく音がした。
──「もう少しだけ、生きてみようか。」
その瞬間、そう思った。
アイドルが、命をつなぐ日もあるのだと。
それは、僕ひとりの話じゃなかった。
SNSのコメント欄。
無言で並ぶ言葉の端々に、
同じ痛みを抱えた誰かの気配を感じた。
夜の会場で交わした、名も知らぬ頷き。
「また来よう」とつぶやいた背中。
名前も顔も知らないけど、
確かにそこにいた、もう4人の“誰か”。
彼らもまた、
それぞれの“推し”に出会っていた。
——それぞれ違う星に、
でも、同じ夜空を見上げていた。
5つの星と、5つの影。
歌う者と、聴く者。
ステージと、フロア。
光と、闇。
その境界線が、少しずつ溶けていく。
この物語は、
ただアイドルを「推す」物語じゃない。
誰かの光に心を照らされた、
5人の “再生” の記録だ。
「推しがいるこの世界で、生きていく。」
それはきっと、
誰かのための祈りであり、
自分自身への約束でもあった。
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