第十五話:岩永姫
気が付けば、雨の音は聞こえなくなっていた。
ミヒロはオセロを片付けながら、敗北して跪いている一の頭を突く。
「雨止んだし、姫送るか」
「でもよミヒロ……俺、考えないようにしてたんだけどさ」
「気持ちは分かるけど、このまま放っておく訳にも行かないだろ。……もう夕方だし」
窓の外に視線を向けると、茜色の光が差し込んでいた。
下手をすれば夕食を食べ始めるような時間である。
「俺はよぉ……姫がさ、最悪無くなった村のお化けとかでも別に友達だと思ってるよ。でも、実際本当にそうだったらどうしたもんかって思う訳。……頼れないじゃん、宇田川さん」
彼女や寺浦が普通の信頼出来る大人なら、何か頼りたい気持ちでいっぱいだ。
けれど、二人はどうもオカルト番組の関係者らしい。
もし姫が本当にオカルト的な存在なら、二人にとって姫はネギを背負ってきた鴨になってしまう。
「そうだったら、そうだった時に考えれば良い。お前バカなんだから、余計な事考えても仕方がないだろ」
「て、てめー!」
「オセロは俺の勝ちだ」
そう言って、ミヒロはテーブルを片付けた。一は三人で仲良くゲームをしている姫に話しかける。
「姫ー、家の場所分かる?」
「うん。この村のね、山の反対側の場所!」
「マジかー」
山の中で山の反対側の村と言われてる間は、まだ
姫は、三年前に土砂崩れでなくなった西野原村という村に住んでいる女の子だ。
それがどういう意味なのかというのは、置いておいて。
「ここの村?」
「うん! ここ!」
一はスマホで地図を開いて、西野原村を表示させて姫に見せる。彼女は戸惑う事なく、スマホの画面を指差した。
一とミヒロは顔を見合わせる。
「家まで送ってくぜ、姫」
関係ない。
友達を、家まで送るだけだ。
☆ ☆ ☆
車で山を迂回して、数十分。
カーナビが『目的地に到着しました』と語るその場所には何もない。何もない、というのは語弊がある。
「ミー君……これ、どういう事?」
「なんもなくね」
温泉で西野原村について聞いていなかった二人は、その光景を見て唖然とする事しか出来なかった。
土砂崩れでなくなった小さな村。
当時は大雨で救助は難航し、村は全滅。村の住人で生き残った人はいないらしい。
丸々一面が土砂で覆い尽くされた土地が、ほぼそのままそこには残っている。
家だった物、倒れた電柱、山に飲み込まれた村。
「姫……ここか?」
恐る恐るミヒロが聞いた。姫は、何の躊躇いもなく車から降りた。
「姫?」
「うん、ここだよ!
そう言って彼女は『この先土砂災害現場』と書かれた看板を横切って、足元のぬかるみにも気にする様子もなく、トテトテと土砂の上を歩く。
「姫……」
「連れて来てくれてありがとう! えーと、また明日も……明日こそ! ツチノコ探して、見つけよ!」
まるで、そこに自分の家があるかのように、彼女は平然と、振り向いて手を振った。
車のエンジンが消える。
「ミー君……」
「あ、あぁ……そうだな。明日も」
関係ない。姫がなんであれ、彼女は友達で──
「姫! 今日お泊まりしねーか!!」
いつのまにか車を降りていた一が、姫の前まで走ってそう言った。
「お泊まり……?」
「そう! お泊まり。俺達の宿でさ、お菓子とか食べるの。……だから、さ。お父さんとお母さんに、お泊まりしてきて良いか……聞いてきてくれないか?」
「良いの? やったー! 聞いてくるね!」
姫は、素直に一の言葉を喜ぶ。
そして、
「お泊まりして良いって!」
「そっかー。よーし、帰りにツチノコカレー食べに行こうぜ!」
「え? ツチノコ……カレー? やったー!」
一は笑顔で姫の手を繋いで、車に戻ってくる。
「一……?」
「なんかよ……このままここに置いてくの、嫌だ」
笑顔のまま、車に乗り込んだ一はそんな言葉を漏らした。バックミラー越しに、ミヒロはそんな一の顔を眺める。
姫はこの村の住人の幽霊なのか、それともまた別の何かなのか。それはハッキリと分からない。
けれど、この場所に置いていくのは、友達のやる事じゃない。
「……分かるけど、な」
ここに置いて行ったら、姫が消えてしまいそうで。
それを認めたら、姫と友達ではいられなくなりそうで。
でも、どうしたら良いか分からなくて。
ただ、今この瞬間を延長する為だけに、西野原村の跡地から逃げるように、車は再び東黒川村へと向かった。
一時間後、車は東黒川村のスーパーに到着する。
買い出しもそうだが、食事や、ちょっと宿に帰る前に話さないといけない事もあったからだ。
「姫、お菓子買うぞ」
「おかしー!」
「レジ子、姫とヒラケンの事見ててくれ。俺は一と話がある」
「ぇ、ぁ、うん。……えーと、さっきのは?」
レジ子はバカだが、状況が分かっていない訳ではない。けれど、ミヒロは優しい彼女に心配を掛けたくなかった。
「レジ子、姫の事……好きか?」
「可愛いし、好き。妹みたい」
「じゃぁ、守ってやらないとな。友達なんだから。だから、俺と一はちょっと作戦会議がある。その間は、レジ子が姫の事守ってくれ」
「んー、分かった。……信じてるね」
レジ子はそう言って、姫とヒラケンの元へ歩いていく。二人の手を繋いでから振り向く彼女の顔は、ミヒロ達を信用し安心した表情だった。
「……で、だ」
「とりあえずよ、状況を整理するか」
スーパーの休憩所で座って、二人は周りの人を眺める。
「大前提として、俺達は姫の友達で、姫の事が大切なのな」
「まぁ……成り行きだったけど」
「ミヒロにしては珍しく、他人に懐いたしな」
「懐かれたんだ。……別に、お前と違って、相手が誰でも仲良くなれる訳じゃない」
「そんな俺が尻軽みたいに……」
実際一は友達が多い。普段から周りの中心にいるのが、千堂一という男だった。
それに比べなくても、ミヒロとレジ子はかなり友達が少ないタイプである。一が多過ぎるというのもあるが。
「でも、俺はとりあえず姫の事は友達だと思ってる。だから、それは否定しない」
「よし。じゃあよ、こっからどうするって話だ」
「これからっていうか……明後日からか」
旅行の日程は四泊五日。明後日のツチノコ祭りを堪能したら、四人は東京に帰るつもりでいた。
夏休みだから、旅行の日程を伸ばすのは出来る。
でもそれは問題を先送りにしているだけだ。
「今日明日、宿に泊めたって、流石に連れ帰る訳にはいかない……だろ?」
「いかない……よな」
西野原村には何もない。そんな場所に、姫を返したくない。
それは、姫がこの世のものではないという事を認めるようで。それは、姫ともう二度と会えなくなるのと同じような気がして。
「レジ子の家で引き取る、とか」
「村から離れ過ぎても良いのかな……。幽霊、みたいな物だろ? 多分。地縛霊、とか?」
「分からん……」
「そもそも女児誘拐なんじゃねーか?」
「幽霊の誘拐って犯罪になるのか?」
「分かんねぇ」
「餅は餅屋って言うけどな……」
どうやらオカルトに強いという宿の下にいる宇田川と寺浦。それがテレビ関係じゃなかったらどれだけ良かったか。
「姫が普通に暮らしてるつもりなら……あの土砂の上に、何も知らない振りをして帰すのが一番なのかもな」
「そうなんのかなぁ……」
少なくともこの数日、姫はツチノコを探してから山の反対側に戻って行ったのである。
「別に、お前が連れてきた事を攻めてる訳じゃないけど」
「あれは……その。姫が消えちゃう気がしてさー」
「まぁ、分かる」
ミヒロはツチノコなんていないと思っていた。勿論、ツチノコを見付けなければ幽霊なんていないと思っていただろう。
でも実際ツチノコはいたし、姫は土砂の上に帰ろうとしていたのだ。
「やっぱ、餅は餅屋かなぁ」
「姫がカモネギにされたら……俺は嫌だぞ」
「悪い人じゃないのは確かなんだけどなぁ」
寺浦はともかく、宇田川は姫の事を助けてくれている。事情を話せば分かってくれて、助けてくれるかもしれない。
「一旦こう……あの二人に、それとなーく近付いて。どういう人か、見極める!」
「それはもう、一を信じるしかない。何かあったら……二人を脅して解決する」
「暴力に走るのは辞めようなー」
「正当防衛だろ」
これを真面目に言っているのだから、一はミヒロが怖い。
けれど、それだけ本気で姫を守ろうとしているという事だ。
「決まりだ。餅は餅屋。ツチノコ祭りが終わるまでに、二人がどんな人なのか見極める。明日と明後日もあるし、他の方法とかも考えながらな!」
「分かった」
二人は立ち上がり、三人を迎えに行く。
今は彼女と楽しい時間を。
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