第十六話:ツチノコカレー
レジ子の手にぶら下がっているツチノコTシャツを見て、ミヒロは唖然としていた。
「……また買ったのか?」
「……買っちゃった」
「買っちゃった、じゃないよお前はもう」
買い出しに向かわせたレジ子が何故か再びツチノコTシャツを買っていて、ミヒロは頭を抱える。
そのうち幸せになる壺とかを買ってきそうで、不安だった。
「新色の黒色ツチノコTシャツが入荷したっていうから……! ミー君に着て欲しくて」
「これで全員ツチノコTシャツじゃん」
「この服のツチノコ凄く可愛いねー!」
ヒラケンがレジ子を止める訳もなく、姫はツチノコだから止める訳もなく。
「ぁ、あと一応、姫ちゃんのお着替えとかも買ったよ」
「それは偉いけど」
「まー、良いんじゃね? Tシャツっていくらあっても困らないし。洗濯物干す時にツチノコ並ぶの面白いし」
運転しながら、一はレジ子の家のベランダにツチノコが並ぶ光景を思い浮かべて笑った。
いつしかツチノコが現れる家として有名になるかもしれない。
「よーし、着いたぜー」
そんな話をしながら一行はツチノコカレーのお店に到着する。一日目にツチノコを見付けた帰り道に寄ったお店だ。
「お邪魔しまーす!」
「お、
お店の店主さんは、一の顔を見て快活な笑顔で出迎えてくれる。お店自慢の激辛カレーを食べ切ってくれた一の事を気に入っているようだ。
「絶対村にいる間にもう一回は来たかったですからねー! あと、今日は別の友達も連れてきたんで」
「お、なんだ可愛い嬢ちゃんじゃねーか」
姫を見て、カレー屋の店主は優しい笑顔を見せる。
そんな店主を見て、ミヒロは少し素っ頓狂な顔になっていた。
「ミー君?」
「いや……よく考えたら、
宇田川がそうだったが、もしも姫が幽霊の類なら普通は目に見えない存在だというのが世間一般的な幽霊の特徴である。
そもそもオカルト関係で仕事をしている宇田川はともかく、自分達は特別霊感が高いという訳ではない。
色々な人の目に姫の姿が見えている事を考えると、余計彼女が何者なのか分からなくなった。
「そもそも幽霊が見える見えないの話なんてのも眉唾だし、そんなもんか」
「そこにいるって分かるから、良いんじゃないかなー」
「レジ子の言う通りだ」
変に納得して、席に座る。
「何辛にしましょ!」
「俺は勿論5辛で!! 姫は?」
「甘口ー!」
ヒラケンとミヒロとレジ子は、先日と同じく1辛と甘口を頼んだ。
ツチノコの形に盛られたお米の上に乗るカレーのルー。その色は、辛さによって少し違う。
「ツチノコだー!」
姫はそれを見て、目を輝かせた。
Tシャツといいカレーといい、本当にツチノコの事が好きなんだろう。食べる時にちょっと涙目になりながら「ツチノコが……」と悲しんでいる顔は可愛らしい。
「姫ちゃん」
「レジ子お姉さん……ツチノコが……」
「大丈夫。……ツチノコはね、身体の中で再び復活して、お腹の悪い菌を倒してくれるから」
「そうなんだ! ツチノコ凄い!」
「レジ子がまた適当な事言ってるけど、良いのか? ミヒロ」
「カレーのスパイスにはそういう効果もあるから、間違いじゃないぞ」
「マジか……」
レジ子は適当言っているだろうが、料理の得意なミヒロが言うなら信じられる効果だ。
勿論、カレーを食べる時に白米を食べ過ぎるとそれは悪玉菌を増やす原因になりえるが。
「そういや
「いやー、何回か見付けたんすけどね! 捕まえられなくて」
「ハッハッ、ツチノコは逃げ足が早いからなぁ」
「店主さんも見付けた事あるんですか?」
「おう! ちょうど兄ちゃん達と同じくらいの歳の時だ。山で迷子になっちまってな──」
そう話し始める店主の会話に、一達はカレーを食べながら耳を傾ける。
「──辺りも暗くなって、もう家に帰れねぇ。そんな事を思ってたらよ、目の前にツチノコが現れたんだ。……自分が迷子になってるのも忘れて、俺はツチノコを追いかけた」
「え、それは……どうなっちゃったんですか?」
「気が付いたらよ、俺は山の入り口で寝てたんだ。アレは……夢だったのかもしれないって思うが、ツチノコを追いかけてたら見た事もない神社に辿り着いたんだよ」
「神社……?」
一は神社と言われて首を傾げた。
引っ掛かるのは、つちのこ館で見た、お寺がないという記述だろうか。
しかし、神社とお寺は違うのでおかしい話ではない。
「そこにはな、わんさかツチノコがいたんだ。まるでツチノコを祀る神社、ツチノコ神社だった。……そんな場所にいたような、気がする、夢を見た」
「本当にそんな場所があるのかもしれないっすね!」
「ツチノコがいっぱいいるなんて、凄い場所なんだね!」
姫も目を輝かせる。ツチノコが大好きな彼女がそんな光景を目の当たりにしたら、卒倒するかもしれない。
「ごちそうさまでしたー!」
元気良く挨拶をして、五人はカレー屋を離れる。次なる目的地は──
「──ツチノコ大きいー!」
──ツチノコ温泉だ。
「最初に此処に来た時ねー、ツチノコが温泉入ってたんだよ」
「え、本当? すごーい」
「本当〜。心地良さそうな顔だった」
レジ子は姫を連れて、温泉に入る。雨はとっくの昔に上がっていたので、露天風呂にも入浴出来るようになっていた。
「今日も来たら良いけど、どうだろうねー」
「ねー」
姫が転ばないように、隣で手を取って歩くレジ子。彼女はふと、姫に視線を落とす。
「こんなに……小さかったっけ」
なんだか姫が、初めて会った時よりも小さくなっていた気がした。
気のせいだとは思う。けれど、一瞬、そんな気がした。
「レジ子お姉さん……?」
「ぇ、ぁ……うん。何でもないよ。お風呂出たら、ツチノコーヒー牛乳飲も。大っきくなれるから」
「飲むー!」
「髪の毛洗ってあげるねー」
姫の小さな頭に触れる。妹がいたらこんな感じだったのだろうか。
自分が小学生の頃にはミヒロとお風呂に入って、髪の毛を洗いっこしていた事を思い出した。今は流石に、そんな歳でもない。
「髪長いのに、サラサラだねぇ。私は伸びると直ぐにボサボサになっちゃうから、羨ましー」
「後ろで纏めるとね、ツチノコみたいだからね、伸ばしてるの!」
「確かに」
「レジ子お姉さん、お顔が綺麗だから、伸ばしてもお人形さんみたいで凄く似合うと思うけどなー」
「うーん、また伸ばしてみようかな?」
そんな他愛もない会話をして、露天風呂で雨の上がった空を眺めてから温泉を出る。
西野原村跡地での姫の行動には驚かされたが、ミヒロと一が作戦会議をすると言っていた。
きっと大丈夫。そう思いながら、姫の手を取る。
「……今日はツチノコ、いなかったなぁ」
振り返って、そう漏らした。
☆ ☆ ☆
ツチノコーヒー牛乳を片手に、五人は並んでソレを飲み干す。
「ぷはーっ!」
気持ち良さそうに片手を上げる一に続いて、全員が同じような挙動を取った。
温泉でコーヒー牛乳を飲んでから、五人は宿に戻る。
戻ってから部屋に向かう時、一は一旦宇田川が部屋にいる事を確認してから他の四人を宿に上げた。
宇田川達を頼るにせよ頼らないにせよ、こんな時間に姫を連れ回していてツッコミを入れられるのは避けたい。
「よーし、姫。今日は疲れただろうし。歯を磨いて寝ようなー。明日こそはツチノコ捕まえるんだから!」
「うん! 分かった!」
「偉いぞー。って事でよ、俺はちょっと用事があるから先に寝る準備しといてくれよな!」
一はそう言って、階段を降りていく。ミヒロ以外は首を傾げるが、ミヒロに連れられて、歯磨きをし始めた。
「……あのー、すみませーん」
一階に降りて、一は宇田川と寺浦がいるであろう部屋の扉をノックする。
「ん? なんだ、二階の坊主か」
「あ、どうもー。夜分失礼します。ちょっとおはなしがしたくって」
「そんな改まって、新聞勧誘じゃないんだし。どうした? とりあえず入るか」
寺浦は一を眺めて素っ頓狂な顔で彼を部屋に迎え入れた。
パソコンの前に宇田川が座っていて、他には特に目立つような荷物もなさそうに見える。
「実は、そのですね。昼間に宇田川さんにお世話になって」
「あー、聞いた聞いた。友達がびしょ濡れで大変だったってな。その子は元気か?」
「おかげさまで。……で、それとは全くもって一切関係ない話なんすけど」
「これ、お茶ね」
「あ、どうも」
テーブルの前に座った一に、宇田川がお茶を出してくれる。
寺浦は、少し身を乗り出して、一の言葉の続きを待った。
「幽霊っていると思いますか?」
少し真剣な表情で、一はそう口にする。
寺浦はソレを聞いて、目を細めるのだった。
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