第十三話:ツチノコを探す理由

 横殴りの雨が部屋に入り込んでくる。



「閉めろ閉めろ」

「あばばばば」

 外を確認する為にレジ子が一瞬だけ開いた窓から侵入した雨は、部屋に小さな水溜りを作った。


「ごめんなさい。……タオルタオル」

「床は俺がやるから良い。濡れてるから、髪乾かせ」

 ミヒロはそう言ってレジ子にタオルを投げて、窓から入り込んできた雨で濡れた床を拭いた。


「すげー雨」

 スマホでゲームをしながら、ヒラケンは窓を横目にそう漏らす。



 窓や屋根に叩きつけられる雨が、宿全体で音を鳴らしていた。

 とてもじゃないが外でツチノコを探そうという天気ではない。



「なんかツチノコの夢見たわー、おはよう」

 遅れてやってきた一が、あくびをしながら部屋に入ってくる。


 一のその言葉に、他の三人は少し驚いたような顔を見せた。



「私もねー、なんかツチノコの夢見たかも。覚えてないけど」

「レジ子ねーちゃんも? 俺も俺も」

「お、なんだなんだ。集団的無意識って奴かー?」

 一はそう言いながら、用意されていた朝食に手を合わせる。


 ミヒロも夢にツチノコが出てきた気がするが、あえて何も言わなかった。



「姫ちゃん公園にいたら、びしょ濡れだよ……」

「ちょっと早めにいくか」

 集合はお昼なので、例え姫が本当に来たとしても早く行ったところで姫はいない。昼まで自分達が雨に濡らされるだけである。


 それでも、どうしても嫌な予感が拭えなくて、四人は十一時には公園に辿り着くように宿を出ようと一階へ降りた。



「お前ら……こんな雨の中、どこ行く気だ?」

 一階に降りると、丁度部屋から出てきた寺浦と鉢合わせる。寺浦は傘を持ってこの大雨の中外に出ようとしている四人を見て唖然とした。



「こんな雨じゃ、大抵の観光施設は閉まってるぞ」

「友達と約束してるんすよねぇ。そういう寺浦さんも出掛けようとしてません?」

 寺浦の声に振り向いた一は、寺浦も傘を持っているのを確認してそう返す。寺浦は自分が持ってる傘を一度下ろしてから「俺はちょっと調べ物で」と短く答えた。



「約束は知らんが、こんな雨だから気を付けてな」

「はーい、寺浦さんもお気を付けてー!」

 寺浦を置いて、四人は土砂降りの大雨の中レンタカーに向かって走る。一が鍵を開けるまでの一瞬で、四人はずぶ濡れになっていた。



「さて、俺も行くか」

 寺浦は一の車が出発するのを見送ってから、自分の車に向かって走る。


 地面に着いた足跡は、その後直ぐに雨で流されていた。




 ☆ ☆ ☆


 大雨の中で山を登った先。

 信じられないものが目に入り、ミヒロは傘を放り出して走る。



 時刻はまだ十一時手前。それなのに、滑り台の側に倒れている一人の少女の姿を見付けてしまったのだ。



「おい姫!!」

 小さな身体を持ち上げて、ミヒロはその大きな身体で覆い被さるようにして姫に雨が当たらないようにする。


「ミー君……!」

 ミヒロが放り投げた傘を持ってきて、レジ子が二人の上に差した。


 そのまま地面に倒れていて、泥だらけの姫がゆっくりと目を開く。



「あ、ミヒロお兄さん……レジ子お姉さん……」

 その表情は柔らかいが、身体は冷え切っていて、とてもじゃないが元気そうには見えなかった。



「今日も……ツチノコ」

「お前……本当、バカ。こんな雨でツチノコ探せる訳ないだろ。カエルじゃないんだぞ。ツチノコだって、家でゆっくりして──お、おい姫?」

 説教をしてやろうと思ったが、途中で姫から力が抜けてミヒロは顔を真っ青にする。


 なんでもっと早く来なかったのか、なんて考えがおかしいのも分かるが、後悔してもしきれない。



「やべ……! お、おいはじめ!! 車!!」

「マジぃ!?」

「佳、悪い、傘! ヒラケン、タオル!」

「うん……!」

「これ!」

 ミヒロは姫を抱き抱えて、ヒラケンが持っていたタオルで姫の体を軽く拭きながら歩いた。レジ子が持ち上げた傘の下で、転ばないようにゆっくりと、でも少しだけ速足で山を降りる。



「一、病院は!」

「雨でやってねーのか電話出てくれねーんだよ!」

 車に戻って、姫を乗せると一はそう返事をしながらアクセルを踏んだ。なら何処に向かう気なのか、車は真っ直ぐに宿の方角に走っている。


「とりあえず宿で良い!?」

「分かった。姫、しっかりしろ」

「姫ちゃん……」

 ミヒロ達が車に乗るまでに村の診療所に電話をした一だったが、電話には出てくれなかった。


 何もしない訳にもいかず、一は車を走らせる。

 とにかく、雨に濡れて冷えた身体をどうにかした方が良い。車を乱雑に止めたあと曖昧な知識を振り絞りながら、四人は姫を抱えて宿に駆け込んだ。



「──ぇ、誰……その子」

 宿の扉を勢いよく開けると、丁度一階の部屋から出てきた宇田川が驚いて声を漏らす。


 先日寺浦の背後から一達を眺めていた彼女の記憶に、幼い女の子の姿はなかったからだ。



「誘拐!?」

「違います!!」

「山で友達が倒れてて、病院やってないっぽいから連れてきたんで。そこ、邪魔なんで退いてください」

 若干イライラしながら、ミヒロは姫を抱えたまま玄関に上がる。


 水浸しの姫から、床に雨が滴り落ちた。



「意識のない女の子を放っては置けないわ。……私達の部屋に運んで。それと、あなたは手伝って」

 そう言って、宇田川は半ば強引にミヒロから姫を奪い、レジ子の方を引っ張る。


「ちょ──」

「あなた達はこの子が着れそうな着替えと、お風呂の用意。分かった?」

「ぁ、ぇ……ぁ、はい」

 ミヒロすら気押される有無を言わせない態度で、宇田川は一階の部屋の扉を開いた。


 レジ子はあたふたしながら彼女に着いていき、ミヒロ達は言われた通り昨日買ったツチノコTシャツを持ってきたりお風呂を沸かしたりし始める。



 その間に宇田川とレジ子で、姫の身体をタオルで拭いて、着替えを済ませた。


 宇田川が「入って良いわよ」と扉を開けて、ミヒロ達三人も一階の部屋に入る。




「……あの、助かりました」

 邪魔とか言ってしまったので、ミヒロは少し申し訳なさそうに頭を下げた。続けて一もお礼をいう。


「姫は?」

「疲れて寝てるだけ。大丈夫よ」

 布団の上に寝かされている姫を心配して覗き込むヒラケンに、宇田川は優しくそう答えた。


 続けて、彼女は少し訝しげな表情で一達に視線を送る。



「この子、村の子? どうしてこんな事になるまで雨の下に居させたの」

「それはその……今日、ツチノコを探す約束してまして。俺達、今日が雨だって知らなくて」

 俯きながら、一はそう答えた。


「責めてるわけじゃないわ。故意じゃないなら、良いのよ。……友達なんでしょ?」

「はい」

 はっきりと答える。そう、姫はもう、大切な友達だ。




「……ぁれ? ここは」

 そうこう話していると、姫が目を覚まして身体を起こす。その姿は、レジ子が買っていた少し大きめのツチノコTシャツ姿で微笑ましい。



「俺達の泊まってる宿。姫ー、お前公園で倒れてたんだぜ? 俺達も悪いけどよ……もう少し自分の事大切にしような。ツチノコ探しなら、明日も出来るんだからよ」

「そっか……私。ツチノコ探さな──きゃ」

 立ち上がろうとして、姫はふらついてしまった。それを、一が受け止める。



「姫ー、今日は大人しくしてようなー」

「でも……ツチノコ」

「雨の日くらい休もうぜ。ツチノコだって、雨の日は家で隠れてるかもしれねーだろ?」

「どうしてそんなに、ツチノコ探しに必死なの?」

 姫の顔を覗き込んで、レジ子はそう聞いた。


 いくら田舎の小さな子供とはいえ、娯楽に溢れたこの国でツチノコだけをこんなに必死に求めるのは強い意志を感じる気がする。

 勿論聞いたレジ子本人だって本気でツチノコを探しにきた。けれど、姫のツチノコに対する気持ちはレジ子達よりもさらに強く感じる。

 

「村の皆に……ツチノコの事、信じて欲しくて」

 姫は俯いて、寂しそうな表情で口を開いた。


「村の人達にね、ツチノコを信じて欲しいの。皆にね、ツチノコはいるって言っても……信じてくれなくて」

「姫……」

 川の詰め所にいた若い男達がツチノコを信じていなかったのを、ミヒロとヒラケンは思い出す。


 しかし、温泉に行った時にご一緒した老人はツチノコを信じていた気がした。

 若者になるにつれて、ツチノコを信じなくなっているのだろうか。そう考えると、姫が感じている寂しさというのも理解しやすい。




「分かった。ツチノコは、絶対に見付ける!」

「一お兄さん……?」

「でも、今日はゆっくり休もうぜ。せっかくツチノコ見付けてもよ! 姫が元気じゃないと、捕まえられないだろ?」

「……うん。分かった! ありがとう!」

 姫は笑顔でそう答える。



 雨音は、少しだけ小さくなっていた。

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