第十二話:ツチノコの夢

 駐車場に車を停めると、同時にもう一台の車が宿に戻ってきた。


「確か……下の階の」

「よう、坊主共。ツチノコは見付かったか」

 黒コートの男性と女性がワンボックスカーから降りてくる。二人で使うには大きな車だと、一は思った。


「釣れた」

「マジか」

 ヒラケンの言葉に唖然とする男性。女性はというと、不思議なものを見る目でヒラケンを見ている。



「確か……」

「寺浦だ。それと宇田川」

「そうそう寺浦さん。いやー、ツチノコって泳ぐんすねー!」

「マジか、泳ぐのかツチノコ」

「マジっす」

 寺浦てらうら幸作こうさく宇田川うだがわ椎名しいな。一達が泊まっている宿の一階に泊まっている男女だ。


 カップルには見えないが、どうやら今朝の話ではツチノコを探しているのだとか。



「写真とかあるのか?」

「いやー、速すぎて撮れないんすよねー」

「そうかー。見てみたいんだけどな、ツチノコ。俺達も探してたんだけどな、ぜんぜん見付からなくて」

 その様子は、ツチノコの存在を疑っていないように見える。


 川の詰め所の二人を見た後だと、どっちが普通の反応なのか分からなくなってきた。



「あ、でもそうだ。明日ってか今日の夜から大雨らしいからな。残念だが明日は家で大人しくしてる事だ。この辺りだと土砂災害とかも多いし」

 寺浦はそう言って、車の鍵を閉めて宇田川と共に宿に入っていく。


 四人は顔を見合わせて、口には出さずとも「しまった……」と苦虫を噛んだような表情で固まった。



 そして、寺浦の言った通り、雨が降ってくる。

 急いで宿に入って、晩飯の準備をするミヒロ。鮎が焼き上がる頃には、雨は窓に叩きつけられて音を立てる程に強くなっていた。



「マジで大雨じゃん」

「姫ちゃん、明日どうするんだろう」

 常識的に考えれば、雨がこのまま続くのなら山でツチノコ探しなんて出来るわけがない。


「やらかしたー。俺とした事がー」

 天気予報を見ていなかったのも、姫の連絡先を知ろうとしなかったのも、楽しい旅行で気が緩んでいたからだろう。言い訳も出来ず、一は頭を抱えた。



「別に、昼に行けば良いだろ。居なかったら居なかったで良いし。いたら帰らせる」

「力技過ぎるぜ……。この雨だぞ?」

「お前この雨で姫が待ってたらどうすんだ」

「そこなんだよなぁ」

 食器を片付けながら一は眉間を摘む。ツチノコバカと言っても過言ではない姫の事だ。来ていてもおかしくはない。


「でも、ミヒロの言う通りか。指切りしちゃったし」

 一は自分の小指を見ながら、車の鍵を手に取る。



「今のうちに傘買ってくるわ!」

「三本買ってこい」

「私達も行くよー。ね、ヒラケン」

「もち」

「じゃあ五本」

「了解」

 敬礼をして、一は階段を降りた。



「どっひゃー、音やべー」

 階段を降りて玄関に向かうと、扉に叩きつけられる雨の音が聞こえてきて苦笑いが溢れる。車に向かうだけでもびしょ濡れになりそうだ。


「ん? あの二人か」

 靴を履いている時に、一は人の声が聞こえて意識を声に向ける。盗み聞きをしたい訳ではないが、少し気になる単語が聞こえてきたからだ。



「しかしやっぱり、そう簡単につちのこ・・・・は見つかりそうにないな。あまり時間は残されていないっぽいけど」

「でも、あんな悲劇を繰り返してはいけないわ」



 ツチノコ・・・・という単語にどうも敏感になっているらしい。しかし、悲劇という言葉で三年前にあったという土砂災害の話をどうしても思い出してしまう。


「……関係ない関係ない。さて、コンビニコンビニ!」

 頭を横に振って、勢いよく扉を開く。大粒の雨が痛い程の勢いでぶつかって来た。



「姫は友達だからな!」

 姫が村の子供でも、そうでない・・・・・としても、関係ない。一緒にツチノコを探す友達だから。だから、関係ない。


「雨強! 俺が無事に帰れるかの方が心配になって来た!」

 逃げ込むように車の扉を開いて、エンジンを掛ける。帰ってきた時には、一は悲惨な姿になっていた。



「バカ、部屋入ってくんな。風呂入ってこい」

「おつかいして来たのにこの扱い」

「一君ごめんね、アイス無くなっちゃった」

「一兄ちゃんのポテチ貰った」

「お前らやって良い事と悪い事があるよ!?」

 傘を五本買って帰ってくると、先に宴を始めていたメンバーに泣かされる一。それでも挫けずにお風呂に入って、その夜は宴を楽しんでから眠りに着く。



 雨音は四人が眠っても、強いままだった。



 ☆ ☆ ☆


 目の前にツチノコがいる。



 この二日、ずっとツチノコの事を考えていたからだろうか。ずっとツチノコを追いかけていたからだろうか。


 森の中で一匹のツチノコを見付けた。

 でもこれは夢だ。ハッキリとそう分かる。


 それでも、そこにツチノコがいた。



 手を伸ばす。ツチノコの元に向かおうとする。

 けれど、ツチノコに手が届かない。自分が進めば進んだだけ、ツチノコとの距離が離れていくような気がした。


 けれど、ツチノコは動いていない。


 首をこちらに向けて、どこか哀愁漂う感情を感じるような、そんな顔に目が釘付けになる。



 その感情はなんだろうか。

 悲しみ、不安、否──孤独か。


 まるで、誰にも信じてもらえなくて、一人で寂しくツチノコを探していたとある少女のような。



 ツチノコが、少しずつ遠ざかっていくように見えた。それは、小さくなるというより、土に溶けていくように、ゆらゆらとした視界の中から消えていく。


 手を伸ばした。やはり、その手は届かない。



 次第に雨の音が聞こえてきた。薄れる意識、否──逆で、これは夢だから、夢から覚める。



 窓に叩き付けられる雨の音。

 薄暗い部屋の中でゆっくりと目を開くと、さっきまで見えていた景色が記憶から霧散していった。


 確か、ツチノコを見ていた気がする。

 目を瞑ると、まだ瞼の奥に、微かにツチノコの姿を思い出せた。




 それも、雨に流されるように、少しずつ消えていく。

 ツチノコってどんな姿をしていたっけか。輪郭がまばらで、上手く思い出せない。



「……雨」

 雨音で、目が覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る