第7話
テロ集団とバトったその翌日。
襲撃犯によって撃ち抜かれた右腕の治療のため、俺は数日入院することになっていた。
ベッドに座りながら外を見てみると、青ひとつない曇り空が広がっている。
「いやぁ災難だったなラルオット。でも武装した犯罪グループをやっつけるなんてスゲーじゃん」
「ワッハッハそうだろ流石だろ。もっと称賛してくれていいぜ」
「まさかの褒めると調子に乗るタイプ……」
そんな怪我人のもとにはルームメイト君が見舞いに来てくれており、多少の愚痴を吐いてスッキリしたところだ。
「まーぶっちゃけ話題は救世のお姫様とやたら強い謎の転校生で持ちきりだな。俺があの記事を担当してりゃラルオット大先生の活躍も余すことなく載せまくったのに」
「内容を詳らかにすればするほどあの二人との対比で情けなくなるから勘弁してくれ」
すっかり有名人になった主人公とメインヒロインに比べて俺の評判は相変わらずだ。
戦っている様子を目の前で見ていたクラスメイト数人はともかく、一般生徒からは『敵を催眠する映像』が流出した影響でむしろ更に警戒心を抱かれているらしい。
なかなか都合よく挽回はできないらしいが、催眠を連呼しながら人間を黙らせてるヤツがいたら普通に俺でも怖いのでしょうがない事なのかもしれない。
「さて……そろそろオレ行くわ。お大事に」
「あぁ、見舞いありがとうな。明々後日には帰るよ」
「了解。……そうだ、ラルオット」
さらっと退室──するかと思いきや、なぜか出入り口付近で足を止める鳴海。なに、忘れ物?
「なんかあったら遠慮なく頼れよ」
「えっ……」
ルームメイトくんやさしい……トゥンク……。
「大抵のことなら助けてやれるからさ。有料でな」
「タダじゃねーのかよ……」
「はは。購買の高いパンとか誰かの秘密で手を打つぜ」
「そんな秘密とか持ってない。無償の愛をくれ」
「いいぜ? まぁ無償の愛は無償の奉仕で返してもらうが」
「無償じゃないじゃん……」
俺の絶望をケラケラ笑いながら鳴海は手を振って病室を後にしていった。
ルームメイトとしての多少の情に加えて、俺が割とガチの怪我人ということを考慮しての優しさが、先ほどの発言の正体なのだろう。好感度がマックス100なら今は15くらいか。
「おはよ、ラルオットくん」
それから少し経って、二人目の来客。
噂をすればなんとやら、現在話題沸騰中の転校生こと柏木映司がやってきた。
慣れた男子の友達らしく手ぶらで訪れた鳴海とは違い、しっかりと見舞いの品まで携えて来てくれたらしい。主人公らしく誠実というか律儀な少年だ。
「ホント、あの時はごめんね。言い争ってる場合じゃなかったのに……」
「柏木くんの言い分も一理あったさ。早めに動けるよう俺が誘導した部分もあるし、実際もう一つの案でも上手くいったかもしれない」
シャリシャリと見舞いのリンゴを切り分けながら前回の反省会をする柏木を前にして、ふと考える。
この少年にとって俺や本来はメインヒロインであるアリア・イフリーティアはどういう存在になっているのか、と。
強化合宿を襲った犯行グループの討伐という流れは原作と変わらないが、その過程が大きく異なってしまっている。
原作ではあの場にレイドは存在せず、また協力してくれた伊々月も人質側で戦闘には参加しないはずだった。
イフリーティアと柏木の二人だけで事件を解決し、より一層お互いの信頼を深める流れになるのだが、今現在はどうなっているのだろうか。
「はい、リンゴ」
「サンキュ。……うさぎ作るの、上手いな」
「えへへ、昔よく妹に剥いてあげてて。残りの果物はここに置いとくね」
「おう。……ちなみになんだが、あれからイフリーティアとはどうなんだ?」
ヘタに遠回りに探りを入れるのも面倒なのでストレートに質問した。少なくとも戦場を共にしたクラスメイトという関係性ではあるわけだし、そこまで不審には思われないだろう。
「アリアとは一緒にトレーニングをするようになったよ。夏の
アリア、と名前で呼びつつ大会に参加する仲間としても繋がった様子から、結果だけ見れば原作とあまり差はない良好な関係性を構築できているようだ。
正直そこが一番の懸念点だったのでホッとした。
この少年がヒロインたちと繋がってくれていれば、大抵の事件は彼らが解決してくれることだろう。
「……えと、それでね。ラルオットくんに話があって」
「ん?」
「そ、その……一年目のアリーナは三人チームでの参加が条件らしいんだけど……」
えっなにそのモジモジしながらの上目遣いは。整った容姿だがどちらかといえば童顔なので普通にかわいい系のイケメン男子として通用するその顔面でその表情、たぶん女子ならイチコロですよ。
……そういえば序盤のどこかで潜入の為の女装イベントとかあったっけか。どうでもいいが。
「すまん。俺もアリーナには出場しようと思ってたんだが、この腕じゃな」
「あっ。……そ、そうだよね。ごめん、ラルオットくんは怪我で大変なのに、僕ってば自分のことばっかりで」
「気にしないでくれ、誘ってくれて嬉しかったよ」
俺は拳銃で右腕をブチ抜かれているのでしばらくはリハビリ生活だ。
なんか世界観が近未来的で科学技術も発展してる恩恵で医療が凄まじいことになっており、早めに病院へ運ばれたことも相まってかこの腕も数週間あればそこそこ元通りになるらしい。
そこを差し引いても異能者は基本頑丈なので、治療された傷口にたまに激痛が走る現状を我慢すれば割とどうにでもなる。
というか柏木のチームに俺が入ったら本筋がおかしいことになってしまうのだ。
本来そこにはメインヒロインその二であるまだ出会ってない少女が加入することになっている。
今回の事件の前までは物語をぶっ壊すことにそこまで抵抗は無かったが、窮地の際にヒロインの好感度が足りず言い争いが発生してしまうようではダメだ。
なにも気合いを入れて彼ら彼女らを支えてやるつもりだとかそんなではないが、少なくとも本筋の邪魔になるような行動はこれからは控えていきたい、という考えに変わった。そうしていこう、ちょっとだけがんばろう。
「そうだ、柏木くん」
そんな諸々の事情を加味したうえで、やはり彼とはそれなりに親しい友人でいた方がいいはずだ。
ここは多少強引にでも距離を詰めてしまおう。共に戦った直後である今こそチャンスだ。
「いや──映司」
「……っ!」
「一緒に悪い敵をやっつけた仲だ。腕の回復が間に合うかは微妙だからチームメイトにはなれないが……トレーニングくらいなら付き合うぜ。……リンゴも切ってもらったしな」
そう言いながら手を差し伸べると、驚いた表情をしていた少年は一転して破顔し、嬉しそうに俺の手を握り返してくれた。
「えへへ……よろしくっ、レイド!」
なんか異様にテンションが高い気がするのだが、とりあえずこれで目下の課題は完遂した。
しばらくは腕のリハビリに集中しつつ、彼の友人キャラその二としてひっそりやっていこう。
「あっ、ところでレイドって駅前のまぜそば屋さん知ってる? 赤い看板の……」
「外観は見たことあるけど行ったことはないな」
「それなら今度一緒に行こうよっ。最近鳴海くんに教えてもらって行ったんだけどスゴく美味しかったんだ!」
「お、おう……そうね。いきますか」
こんな露骨に楽しそうな柏木映司はあまり見たことがなく、シンプルに少しビビってる。
思えばちょっとだけ付き合いがある鳴海を除くと、原作では彼の周囲の人間のほとんどが女子で構成されており、ハーレム主人公の名には恥じないが男友達自体がかなり少なかった。
ヒロインを相手取る際も色仕掛けをくらう時以外は余裕があり、どこか食えない飄々とした少年だったのだが……男子の友達がいるとこうなるのか。
レイドと敵として対峙した際、自分が凶行に走った理由を周囲に擦り付ける彼に対して真顔で説教をして瞬殺したあのアニメの一幕からは想像できない関係性の変化だ。
「それじゃレイド、お大事にね」
「ああ。またな、映司」
と、そんなこんなで明確に二人目の“友人”が出来てその日は解散。
イフリーティアも時間をおいて訪ねてきたが、先の男子二人ほど話が盛り上がることもなく、メッセージアプリの友達登録だけをして彼女も帰っていった。
なんだか気まずそうというか、柄にもなく緊張しているようだったが、あのワケわからん催眠の技を間近で見ていれば普通に引くしそうもなるだろう。むしろ全く気にしていない映司が変だったまである。
それから少し経って翌日の放課後。
またしても俺のいる病室を訪ねる人物が現れた。
だがその人物とは、気心の知れたルームメイトではなく、戦場で絆を紡いだ少年でもなければ、多少は打ち解けたあの堅物のお姫様ですらなかった。
「ぁ、あの。……こんにちは、ラルオット君……」
おずおずと律儀に挨拶から入ってくれた少女は、現時点の俺にとっては最も特別な人間だ。
なにせ彼女は──伊々月結仁は、俺がこの世界で初めて"悲鳴"を上げさせてしまった相手なのだから。
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