第6話
二人の間に割って入り、半ば無理やりに仲裁した。伊々月さんはちょっとどいててね。
物語云々以前にクラスメイト達が犯罪者たちに脅されてるのだ。何よりもまずは彼らの救出が最優先だろう。
「客観的に見て、自動小銃の連射に対応するなら高速で動ける柏木くんよりも確実に防御できるアーマー持ちのイフリーティアのほうが適してると思う」
「ラルオットくん、でも……」
柏木は食って掛かるが本来あまり話し合っている時間もない。ここは俺が仕切ります。
「さっきから二人で解決する方法ばかり話し合ってるけど、俺と伊々月さんがいることも忘れてないよな?」
『えっ。……あっ』
イフリーティアと柏木の声が重なった。こいつら……。
「序列入りしてるイフリーティアと互角以上の柏木くんからすれば、ランキング圏外の俺なんかは頼りにならないかもしれないが……そんなこと言ってる場合でもないだろ。俺も伊々月さんもガスは吸ってないから一応能力も使えるんだ」
二人を説得しつつしっかり伊々月も巻き込んでいく。詳しい内容は忘れたが中盤からの登場でもヒロインを張れていたなら、彼女もそれなりの実力を持っているはずだ。
俺が嫌いだろうと何だろうと今は協力してもらう。
「伊々月さんはどういう能力なんだっけか」
「……あ、えと、風属性かな。突風とか
「了解。じゃあイフリーティアが注目を引いて、その隙に俺と伊々月さんでガス弾持ちを叩く。……無効化の心配がなくなれば銃器相手でも柏木くんなら勝てると思うんだが、どうだ?」
「──うん、それなら大丈夫」
即答。さすが最初から作中上位の強さを持っている主人公は違う。
「二手に分かれよう。伊々月さんと俺は背後に回る。攪乱のタイミングはイフリーティアに任せるよ」
「んん……アンタに仕切られるのはなんかアレだけど……分かったわ。行くわよ柏木っ」
「ああ、必ずみんなを助けよう」
と、そんなこんなで作戦も決まって間もなく決行。
わざとクソデカい爆炎を巻き上げて登場したイフリーティアが、自分が囮だと気づかせないために割とガチで正面突破を仕掛けた。
「よし……いい感じに敵も動揺してるな。伊々月さん、俺たちも──」
茂みに隠れながら様子を窺っている中、そろそろだと察して彼女の方を見ると、とあることに気がついた。
少女の肩が震えている。
「……伊々月さん」
「へ、平気。突風であのニット帽の男のバランスを崩せばいいんだよね。……だいじょぶ」
気丈に振る舞って見せてはいるが、明らかに怯えと緊張が隠せていない。
どうにも武闘派な連中が集う学園にいたせいで忘れてしまっていたが、彼女のような多少特別な力を持っているだけの普通の女子高生もいるんだった。
ヒロインとして舞台に立てるだけの力を秘めていても、精神が命のやり取りについていけていなければ戦闘は難しいだろう。
だが、ここで物語の主人公のように『俺に任せて』などと自信に満ちた発言は、残念ながら今の俺にはできない。
この二ヵ月で多少なりとも能力や戦闘のトレーニングは積んだものの一線級には至っていないのだ。
伊々月のサポートなしで勝てる相手ではない。
なんとも情けない限りだがここは心を鬼にしてでも彼女に頑張ってもらわねば。
「じゃあ、行くよ」
「……わかった」
その宣言と同時に伊々月が能力を発動。
「──ッ!」
ガス弾持ちの男を背後からの強力な突風でよろめかせ、それどころか転倒までさせて明確な隙を作ってくれた。
ここからは俺の番だということで、弾かれたように彼めがけて走り出した。
「なっ、王女以外にもまだ学生が……っ!」
意外にも場数を踏んでいる相手だったようで、尻餅をつきながらも腰のホルスターにある拳銃へ手を伸ばした。
だがすぐに俺の手が届くこの距離であればこちらのものだ。
──本来、催眠能力は全くと言っていいほど戦闘向きではない。
まず技の発動に時間を要して。
対象の相手がこちらの言葉を聞いてくれるだけの冷静な状態である必要があって。
なにより催眠状態へ陥らせるまで語りかけ続けるなど、これまた少しばかりの時間を要してしまう。
原作のレイドが正面から闘わず、大量の催眠兵士頼みの物量戦法を採ったのもこれが理由だ。
なのでその弱点を克服すべく、参考資料を読み漁って勉強しまくった結果、たった一つだけ“技”を習得することができた。
それが──
「オラッ! 催眠っ!!!」
──これである。
「…………あぇ? ほわ……」
相手の顔面を両手で鷲掴みにし、能力の要である俺の瞳を無理やり注視させ、特に命令を入力されてない待機状態に陥らせるという必殺技だ。
「……? ……ハッ。てめっ、なにしやが」
「催眠ッ!!!」
「はぇ……♡」
ちなみに効果時間がバチクソ短い。
それに加えて能力発動によるエネルギーを瞳から無理やりブチ込んで錯乱させているため、正確には催眠状態ですらないことから他の命令なども受け付けない欠陥仕様となっている。
さらに加えて言うと今ここで使うまでこの必殺技がしっかりと発動するかどうかは賭けだった。
まさか催眠術の練習相手になってくれる知り合いなぞいるわけもないため、勉強はしまくってたもののぶっつけ本番もいいところだったのだ。
理論上は問題ないハズだったが実際に発動するまで心臓バックバクだった。成功してくれて安心……割と大変な試行錯誤の連続だったから上手くいったの嬉しくて泣きそう。
「──勝機が見えた! ありがとう、ラルオットくんッ!」
そんなよく分からない技で敵の主力を無力化した次の瞬間、イフリーティアの背後にうまいこと隠れていた柏木が姿を現し、とんでもない勢いで敵をバッサバッサとなぎ倒していった。つよすぎ。
武装グループは人質を盾にする暇もなくやられていき、まもなく決着がつきそうだ……と思った、その矢先。
「おい動くなっ! コイツの頭ふっ飛ばすぞ!」
俺の背後から声がしたため咄嗟に振り返ると、どこかに隠れていたらしい敵の一人が伊々月を拘束し、そのこめかみに拳銃を突きつけていた。
「ひっ、ぅ」
大柄な男に首を押さえつけられている伊々月の表情は戦意喪失に近いレベルで怯え切っており、目尻には涙を浮かばせている──が、今は戦闘中だ。
隙を見せた瞬間に負けになる。
それに彼女はこことよく似たどこかの世界では、遠くで無双しまくってるあの少年の傍らに立てるだけの力と度胸を持っている少女なのだ。
もしかすればこの世界の彼女もそれぐらい強いかもしれない。
かもしれない、を考慮せず動いていた自分を顧みるのであれば、その“かもしれない”に期待を込めて行動するべきだ。
なにより彼女の命を守るためにも。
「……ハッ! おいコラこの野郎、いい加減に」
「うるせぇな催眠ッ!!」
「ほへ……???」
「なっ! そこの学生、動くなって言っ」
そして動揺を生んだ今がチャンスだ。
「伊々月っ! 撃たれる前に撃てッ!!」
「────っ!」
俺の言葉が届いたその瞬間、ハッとした彼女は右手で能力を発動。
ほぼ反射的に
「うおっ!」
その旋風によって高速で舞い上がった葉の一部が男の頬を軽く引き裂き、痛みと出血に焦りを見せて伊々月を放したその瞬間、すぐ近くまで駆けよった俺は同じように彼の頭部を鷲掴みにした。
「このっ学生風情がッ!」
「ぐっ……!」
咄嗟の反撃の銃弾が俺の二の腕を抉ったがアドレナリンに身を任せてしっかり拘束して、ワンモア。
「催眠催眠催眠催眠催眠……」
「あぁひぃ……っ♡」
なんかこう勢いで男を戦闘不能にして。
「柏木ーっ、あとは頼むぞー……っ!」
情けなく残りを主人公さんに丸投げした結果、ものの数秒で全ての敵は殲滅されたのであった。
ただ怯えることしかできなかった他の生徒たちは状況を理解すると、助けてくれたイフリーティアや柏木に感謝と称賛を投げかけ始める。
そんな英雄に視線を奪われた彼らの目に映らない、少しばかり後方で敵をやっつけた俺は、拘束から投げ出された際に転倒してしまった少女のもとへ歩み寄った。
「はぁ、ハアっ、伊々月さん……」
「……ッ!」
銃弾が腕を掠った俺みたいな酷い出血は見受けられないが、大人の男による加減のない拘束のせいか首元が少々赤くなっている。
「大丈夫か? ケガは……」
なのでとりあえず声をかけようとした、その瞬間。
「──こっ、こないでっ!!」
ビビるくらいの突然の大声で、見てわかる通り拒否されてしまった。
一瞬だけそれを謎に思ったが数秒後。
あぁなるほどと納得した。
普段から警戒している催眠能力使いが、目の前で『催眠ッ!』と連呼して人間を陥れまくっていればこんな反応もするか。
ただ、どこか、一般的な嫌悪感にしては些か過剰な反応にも見えた……が、こっちはもうそれどころではない。
「……すまない、伊々月さん」
「ぇ…………あっ、ちがっ、ごめんなさ──」
その彼女の言葉が俺の耳に届くよりも早く、極度の緊張状態からの緩和やアドレナリンが抜け始めて走り出した腕の激痛などの要因が重なった結果、俺は無様に横転し気絶してしまったのであった。一回休み。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます