第4話
「おー、ラルオットお帰り~」
寮部屋に戻るとノートパソコンでニュース部の記事を作成している最中の鳴海が出迎えてくれた。
ちなみに柏木は原作通りいろいろあって空いている二人用の部屋を割り当てられたため、本来序列入りしている学生しか許されない一人時間を優雅に満喫中だ。流石は主人公と言ったところか、他の男子がいないおかげで自室でのラブコメ展開も起こしまくりである。
「……ふう」
ベッドに座り込み、そのまま仰向けに倒れ込んだ。シャワーや夕食や荷物の整理などをしようと考えていたが全て面倒くさくなった次第だ。
「なんだぁ、お疲れの様子だな。またイチャモンでもつけられたか?」
「さすがにそこまでじゃないが……あぁ、てかあの時マジで助かったよ。ありがとな」
「おおう、突然の脈絡のない感謝……どうやら本格的に疲弊してるらしいな。ゆっくり寝とけ」
「……そうするわ」
鳴海の促しが背中を押してくれたようで、本格的に眠くなった俺は一旦休憩ということで瞼を閉じた。
この世界に招かれてから約一ヵ月──ここいらで一度、盤面の整理をしておこう。
まず俺のことだが、今日のアルバイト先での客の反応から分かるように、クラスメイトや噂を知っている学生からは相変わらず犯罪者予備軍のような扱いを受けている。
あの図書館で知った催眠異能者による大規模失踪事件だが、どうやらこの学園都市では想像以上に重く見られている事案だったようで、催眠や洗脳といった『人間の心に作用する能力』を持った学生に向けられる周囲の視線はぶっちゃけ差別に近い。
それほどあの事件で犯人がやらかした内容が凄惨だった、ということでもあるわけで。まったく余計な事をしてくれたものだ。
たしか原作では中盤辺りにレイドと同じ洗脳系の能力を持った新ヒロインが出てくるはずだったので、他の学園にいるその少女もおそらく今は俺と同じような扱いを受けていることだろう。
教員からの説明など学園からのフォローもないわけではないが焼け石に水が現状だ。
──あぁそうだ、新ヒロインと言えばで思い出したが、同じバイト先の女子である伊々月も原作だとヒロインだったっけか。
件の洗脳系ヒロインが敵として出てきた辺りで、主人公である柏木と一緒に行動していた……気がする。
いたのは間違いない。
しかしそこに至る流れは忘れてしまった。
尺の都合でアニメ化されてない部分だったこともあってか、マジで古の記憶過ぎて物語中盤の内容あんま覚えてない。
「ふぁ……んんっ」
「あ、起きたか」
ずっと考え事をしていたので眠れたわけではなかったが多少は頭がスッキリした。
「どんぐらい経った……?」
「十五分くらいだな。オレも記事の編集がひと段落着いたとこだし、メシ食おうぜ」
「おー……いくかぁ」
そのまま先導する彼に追従して食堂へ向かうその最中、目の前にいる同室の男子こと鳴海信吾についても改めて振り返ってみる。
現状唯一の“友人”と呼べる間柄の相手だ。
ニュース部として様々な人間から情報を得ようとするその性質上、余計な敵を作らないために基本どんな人間とも親しく接することから、犯罪者予備軍扱いの俺に対してもそのコミュ力を発揮してくれている。
イチャモンつけて俺をボコりにきた不良を何かしらのネタで脅して助けてくれたこともあったので恩人と言っても差し支えない生徒だ。
まぁルームメイトだからこそ不和を生まないよう立ち回ってくれているというのは理解している。
ただ優しいというだけではなく、俺から得られるネタもあると踏んでの接し方がコレなのだろう。
ちなみに彼もただのサブキャラではなく、なにかしら裏があってどっかの組織に所属していたり、実はめちゃクソ強い実力を隠しているなど様々な事情を抱えているのだが──序盤はあんまり関係ないし今は気にしなくてもいいか。
なんかもう疲れたし難しいこと考えるのやめよ。
「あれっ、鳴海くんとラルオットくんも夕飯?」
いつの間にか食堂に到着していることに気がつくと同時に、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
振り返ってみるとあら主人公さん。こんばんは!
「そういう柏木くんもか。結構遅いけどなんかしてたの」
「うん、都心部のほうを見て回ってたらこんな時間になっちゃって。この学園都市、ほんとに広いね……」
「えーなんだよ柏木! 言ってくれりゃいろんな面白い場所を教えたのに! あ、てか迷わなかったか?」
「はは、そこは大丈夫だったよ鳴海くん。今日は他の学園の親切な女の子が案内してくれたんだ。落とした鍵を見つけてくれたお礼にって……えぇと、確か他の学園の序列二位の……」
「──その
「な、鳴海くん……? 何か急に目つきが鋭く……」
と、そんなこんなで若干騒ぎつつ男子三人で夕餉と大浴場での風呂を済ませるという、いかにもな高校生活を過ごせた充足感のある一日が過ぎていった。
これも本来の物語にはなかった流れだ。
レイドと鳴海は原作でもルームメイトだったがこれと言った描写はなく、事件が終わった後に鳴海からの「あいつ外泊ばっかで全然顔を合せなかったんだよ」という一言があるのみだった。
世界中の異能者が集う治外法権の都市とはいえ学生が外泊続きで寮に戻らなくても問題ないこの学園の治安やばいな、とかアニメを見てた当時は思っていたが、いま思えばアレって催眠で裏工作しまくってたから帰ってきてなかったんだな。
で、レイドがいない分、柏木はハーレムを邪魔しない友人キャラこと鳴海と仲を深めて様々な情報を手に入れていく、と。
序盤の敵であるかませ犬キャラをやっつけるための探索パートでもあったわけだ。
しかし倒すべき敵そのものが消滅したいま、彼は諍いではなく青春に身を置いている。
「じゃあ鳴海くん、ラルオットくん、また明日」
「あぁ、お休み」
「また明日な~」
脳内話題の大半を占める少年と別れ、自室に戻り間もなく消灯をして。
「なあ、ラルオットは明日何時に起きんの」
「早朝にトレーニングルームの予約してるから……結構早いな」
「うげぇ、マジかよ。オレ普通の時間に登校したいから目覚ましとかで起こさないでくれよ? 自力で起きてくれ自力で」
「えーと五時半にセットと」
「ちょおっオレの話聞いてた!?」
またベッドの上で思考に耽りながら寝落ちを期待して瞼を閉じた。
主人公にとって最初のかませ犬ブン殴りイベントがどれほどの価値を持っているのか、今の俺には分からない。
彼が強くなるきっかけというわけでもないし、俺が何もしない分ただ不幸な被害者が生まれなくなっただけのはず。
だが何か、よくわからないが見落としていることがあるような気もするのだ。
「……まぁいいか」
とはいえ今それを考えても詮無き事だ。また明日以降に考えよう。
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