第3話
「おはようございまーす」
あれから翌日の放課後。
とあるビルの一角、百円ショップを構えたフロアのバックヤードに顔を出すと、パソコンの画面とにらめっこしている男性を発見した。
彼は店長。
そして言わずもがなここは俺のバイト先だ。
「あぁラルオット君、お疲れ様。
「マジすか。俺が遅いのかな……」
「いやぁ彼女が早いんだよ。もっとギリギリでもいいって言ってるんだけどね」
真面目でありがたい限りだよ、と困ったように笑いながら再びパソコンに意識を向ける店長。
会話が切れたことを理解した俺は店のエプロンを装着し、早速レジ裏の方のバックヤードに移動すると俺と同じ学園の制服の少女が小さいダンボールを抱えて移動させていたため、とりあえず挨拶ということで声をかける。
「おつかれ、伊々月さん」
「……? ……っ」
ピタリと足を止めてこちらを向いた黒い髪の少女は声の正体を認識すると、分かりやすく眉を
「……おつかれ」
「在庫の移動? 手伝うよ」
「いい」
「でも──」
「本当にいい、やめて」
「あ、はい」
マジで信じられないぐらい嫌われてんな俺。シンプルにつらい。
「……まだ始まる時間じゃないでしょ。これは昨日残してた作業をアタシが勝手にやってるだけだから気にしないで」
ダンボールを抱えたままそう言って伊々月は裏手へ消えていってしまった。
「……はあ、了解しましたっす」
きっとこれ以上彼女を追いかけてもどうしようもない。
そう察した俺は少し時間を潰してからレジの交代へと赴くのであった。
アルバイトは単なる資金集めの一環だ。
俺が元いた世界において、サッカーやバスケなどの運動部に所属している高校生が自分に合ったシューズを買っていたように、この学園都市で生活する異能者たちもそれぞれ自分の能力に合わせた補助アイテムを見繕っている。
どうやら一般的な能力であるらしい炎や電撃系用の物であれば大抵の店で取り扱っているのだが、俺のようなマイナー能力に目覚めた不幸な学生は専門店にある値段が高く数も少ない商品の中から探し出さなければならない──ゆえに普通の学生でいるためには労働が必須となってくるわけだ。
……まあ俺を含めた催眠系の異能者のことを極端に嫌っているクラスメイトとバイト先が同じになるとは予想していなかったが。
いわずもがな同じクラスの女子であり、ついでに入学式の日にハンカチを拾って届けたら性犯罪者を見るような目で拒絶された相手だ。
「すいませーん、炎系の延焼防止シートってどの辺りに……」
そんな明らかに俺を生理的に嫌っている様子のバイト仲間と、今後どう接すればいいのかを頭の片隅で悩みつつ、客足が落ち着いてヒマになったレジ周辺で適当に作業をしているとジャージを着た男子に声をかけられた。
「あぁ、それでしたら──」
なのでいたって普通に店員として対応しようとしたところ。
「……うわっ。……ぁ」
その男子が突然顔を引きつらせて一歩後ずさった。
この反応をされるのはコレが初めてというわけではない。
今年度の新入生の中では数少ない催眠系の異能者ということで、校内でちょっとした有名人になっている俺の顔を知っている学生だった、というだけの話だ。
「あっ、お客様」
その時、すぐ近くにいた店員こと伊々月が割って入ってきた。
「延焼防止シートでしたらあちらにございますので、ご案内いたしますね」
つい十数分前に俺へ見せた冷たい無表情はどこへやら、非常に様になっている柔らかい笑みで男子学生を目的の棚へと案内していった。
そこから商品をもって戻ってきた男子の会計を済ませて、少し。
レジの近くまで伊々月が戻ってきて、やはり俺の前では無表情になり一言告げた。
「……マスクぐらい、したほうがいいんじゃない」
その顔を公にさらすのは良くないのではないか、という忠告だ。
ただ生まれもった能力が大衆にとってイメージ最悪なものだったというだけで嫌われすぎな気がするものの、この店に迷惑をかけないよう配慮すべきという点では確かに一理ある考えかもしれない。
「ごめん、次回からは気をつける。あと今の助かったよ、ありがとう」
「……」
言ってみたものの返事は帰ってこず、彼女はそのまま奥のコーナーの品出しへ向かってしまうのであった。つらい。普通の会話くらいは許してほしい。
それから数時間後。
退勤してビルの裏口で入出管理の時間を書いていると、少し遅れて伊々月も合流した。
たぶん俺と帰る時間をズラす為にわざとゆっくり降りてきたのだろう。書くの遅くてごめんね。
「伊々月さん、お疲れ様」
「……」
イイヅキサンの シカト! こうかは ばつぐんだ!
もう通常のコミュニケーションが取れるだなんて期待は無くそう。謝罪と挨拶して帰ろう。
「なんかごめん……じゃあまた明日」
「……ん」
「えっ──」
「……なに?」
まさか返事があるとは思わずつい狼狽してしまった。いかん不審がられてしまう。
「い、いや何でもない。それじゃ」
そそくさと彼女の前から去り寮への帰路へと着く。
意外にも伊々月は同じ職場の仲間に対する一般的な挨拶を返す程度であれば許せる程度でラインを引いてくれていたようで、少しだけ安心した。バイトの度にギスギスするのは流石に御免こうむりたいと思っていたところだ。
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