第2話


 柏木かしわぎ映司エイジ──この物語の主人公。

 ワケあって入学式から一ヶ月ほど遅れてこの学園都市へ転入生としてやってくるその少年こそが、俺ことレイド・ラルオットの今後の運命を左右する最重要人物だ。


「……私と決闘しなさい、転校生ッ!」


 そう、学園寮の目の前で、緋色の髪の少女に剣先を突きけられながら決闘を申し込まれているあの男子生徒が件の主人公様である。


「ちょっと待って、誤解なんだ。僕は案内の紙に書かれてた通りの部屋に──」

「見苦しい言い訳は結構。そんな紙があるなら見せてみなさいよ!」

「……えーと、さっきのキミの攻撃で燃えちゃったんだけど……」


 ふと寮を見ると一部屋だけ窓が全開で焼き切れたようなカーテンが外へ靡いている箇所を発見した。


 アニメでも見た展開だが、どうやら本来の予定とは別の部屋に案内されたらしい可哀想な主人公こと柏木映司が、中で着替えの途中だったメインヒロインのあられもない姿を見たことで怒りを買ってしまい、彼女の炎攻撃をぶっ放されてあの状況になっているのだろう。


「ここは序列入りしている学生しか使えない特別寮よ。転校生であるアンタがここに割り当てられるはずないでしょうが」

「そ、そんなこと言われても」

「見苦しいわね……私からの決闘の申し出を受けないなら都市警備隊に不法侵入者として突き出すだけよ?」

「……はぁ。やれやれ、どうして転校初日からこんなことに……」


 がっくりと困ったように肩を落とした柏木は渋々ながら決闘の申し出を許諾し、近いうちに一人目のメインヒロインとなる少女との一騎打ちという原作通りのマッチアップが成立した。


 ちなみに柏木が着替え途中のメインヒロインの部屋に案内されたのは、彼の実力を知っている人物による裏工作なのだが──それは一旦置いといて。


「……遅刻しないうちに行くか」


 スマホで二人の試合の中継映像を流しながら俺はこっそりその場を後にした。

 あの試合が原作通りの流れで進むかどうかは生配信で確認すればいい。

 それよりも気になるのはそこから先の展開の変化だ。


 レイドは主人公である柏木が転入してくる本編開始以前から、既に反社会組織との繋がりを持っていた。


 そして原作の彼が組織に見初められたタイミングはおそらく入学式から柏木が来るまでの一ヶ月間のどこかだ。

 連絡先に家族や中学までの友人たち以外の痕跡が無かったことからそれまで接触が無かったことは明らかになっている。


 それに加えて今日まではそういった人物たちとは知り合っていないため、必然的にここから先は原作通りには進まなくなることも確定している。


「柏木映司です、得意な武装タイプは剣です。これからよろしくお願いします!」


 まあそもそも俺自身が筋書きを無視する気満々なのだが。


「──隣だな。よろしく、柏木くん」

「あ、うん、よろしくね。えーと……」

「レイド・ラルオット。で、さっきからキミに声をかけようとウズウズしてる後ろの席の男子は……」

「ちょおっ、いいって自分で名乗るから! ……こほん、鳴海信吾だ。柏木さえ良ければ放課後この学園を案内するぜ」

「えっ、いいの?」

「おうとも。そこのラルオットも一緒にな」

「うむ」

「っ……! ありがとう鳴海くん、ラリアットくん!」

「ラルオットです」


 そう、このように。

 ここで鳴海が柏木の学園案内を申し出ること自体は原作にもあったが、そこにレイドの姿はなかった。既に物語の破壊は始まっているのだ。


 レイドは序盤に退場し、ワケあって他学園から移籍してくる実力者の少女ことメインヒロインその二が柏木の隣の席にやってくるのだが、そんなもんは知らん。


 まさか席替え程度で大きな運命が変動するはずもないだろうし、あくまで俺の目的は自分が元の世界へ帰る前までにこの身体が道を踏み外さない環境を作り上げることだ。


 どこかで原作から展開が変わろうが、さすがに反社と関わりを持って人生破滅するよりは、多少の苦難が待っていようと普通の学生でいたほうがいいだろう。


「鳴海、俺ちょっと職員室に寄ってくから先に行っててくれ」

「ほいよ。じゃあ行きますか!」

「よろしく頼むよ」

「柏木くん、また後でな」

「うん、待ってるね」


 そして放課後、あえて二人だけで学園案内に向かわせ、俺は少し遅れてから彼らの後をこっそりついていった。


 このイベントは途中でメインヒロインその一ことツンデレ炎使い皇女と遭遇し、柏木がそのまま彼女に連れて行かれる流れになっている。


 部屋番号が書かれた燃えカスを見つけたことで誤解が解け、彼女が非礼を詫びると共に校舎を案内することでヒロインとしての繋がりがハッキリと生まれるという大事なイベント……なのだが。


「いやぁ、しかし今朝は惜しかったな柏木。お前が使ってた貸し出しの武器が壊れなきゃワンチャンありそうだったのに」

「うーん……どうだろうね。イフリーティアさん、すごく強かったし武器が無事でも普通に負けてたかも」


 あの決闘の結果は柏木の武器破損による敗北だった──が、本来原作ではヒロインの方の武器が壊れて柏木の勝ちとなるはずだった。

 そこが変わった要因は俺ことレイドだ。

 柏木が転校してくる前日の放課後、ヒロインであるアリア・イフリーティアに対して催眠兵士を差し向け、愛用の武器にダメージを与えておくという原作の流れが存在しなかったため、今回は彼女の勝利という結果に変化した。


 なので、わからない。

 主人公に勝った場合のアリア・イフリーティアが果たして原作通りの行動に出るのか。

 それを観察するためにこうしてあの二人の後をつけているのだ。


「──ねぇ」

「っ!」


 そんなワケでこっそり男子二人を尾行していた俺の背中に、突然女子生徒らしき声がかけられた。

 まさに噂をすればなんとやら。

 振り返った先にはツーサイドアップに結われた茜色の髪が特徴的な女子が、腕を組んだまま怪訝な表情で立っていた。メインヒロインさんこっちに出てくんのかよ。

 

「アンタ、さっきからあの二人をつけてるみたいだけど……何が目的なの?」


 どうやら俺ほど痩せ細った人相最悪男がコソコソしていると、全く面識がない女子ですらほぼ敵意に近い疑念を抱かせてしまうらしい。いやまぁ行動自体は怪しかったか。


「……その口ぶりだと、キミも後ろから俺を観察し続けてたってことになるよな。なんの真似だ」

「っ! す、好きで見てたわけじゃないわよ! 私はあそこの転校生に用事があるだけ……っ!」


 こっちが動揺するかあるいは笑って誤魔化すとでも考えていたのか、俺の返答の仕方が予想外だったらしく一瞬焦りを見せるイフリーティア。レスバよわそうでかわいい。

 

「というか質問に答えなさいっ」

「……ただ声をかけるタイミングを窺ってただけだよ。会話を途切れさせたら気まずいでしょ」

「なにそれ……普通に正面からいけばいいじゃない。……まあいいわ」


 俺の真相が興味を引く内容ではなかったようで早々に会話を切り上げ、少女はそのまま俺の横を素通りしていった。


「それより今日はあの転校生、私が借りるから」

「いや、事前に俺たちが学園を案内する約束してるんだが」

「悪いけど譲って頂戴。……大切な話があるの」


 柏木への謝罪、明らかにおかしい寮の案内の紙など、彼女が直接話さなければならないことがそれなりにあることは理解している。

 ただ……あぁ、いや、まぁいいか。

 中止だ、ここはイフリーティアに任せてしまおう。多少俺との繋がりを作っておけば、原作通りに進んでも不安は少ない。

 とはいえタダでは終わらせない。


「待てって、急すぎるだろ。小さい約束とはいえ俺も鳴海も予定を組んでアイツを案内してんだ。お姫様ってのはそんな簡単に庶民のスケジュールを崩しても意に介さないモンなのか?」

「……っ!」


 俺のこれは明らかに過剰な反応であり、原作でもそうだったように彼女に柏木が連れ去られても鳴海は『おじゃま虫はここら辺で失礼しますねぃ』と言って軽くスルーするところだろう。

 しかしこのまま逃がしてはもったいない。

 イフリーティアの王族としての矜持をちょいと刺激して、僅かでもレイド・ラルオットとの関わりを持ってもらおう。もしかすると今後に何か活きるかもしれない。


「タダでは譲れない。貸し一つだ、アリア・イフリーティア。……軽くな」

「……はぁ、分かったわよ。軽く、貸し一つね」


 あら、意外と上手くいったわ。言ってみるもんですね。


「私のことは知ってるみたいだから今更名乗らないけど……アンタ、名前は?」

「レイド・ラルオットだ。よろしくどうぞ」

「別に仲良くするつもりないけど。……じゃ」

 

 そう言って一瞥もくれず俺の前から去ったツンデレ皇女さまは『転校生、ちょっと顔を貸しなさい!』と原作通り鳴海から柏木を奪い、そのまま人気のない場所まで消えていった。

 

「ひぃー、退散退散っと……おぉ、ラルオット。遅かったな」

「すまん。柏木くんは連れてかれちゃったか」

「皇女さまのご指名だったからな。……ふふ、だがおかげでニュース部としては良いネタができたぜ。一年生ながらわずか一ヵ月で序列四位の座を奪い取った最強お姫様、そんな少女と互角に渡り合った謎多き転校生、放課後にまさかの密会……っ!」

「……柏木と友達でいたいんだったらその記事はやめといた方がいいな」


 ただでは転ばないニュース部の部員を宥めつつ、今日のところは解散とした。

 ドキドキの第一話だったがなんとか乗り切れたようだ。

 ここからしょうもない悪役かませ犬ことレイド・ラルオットとの戦いが丸っと全部消えるわけだが、まぁ主人公くんのハーレム形成に大きな支障はきたさないだろう。流れに身を任せてやっていこう。

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