第19話 変質した世界
世界は、語られすぎた。
それが始まったのは、ある都市の語尾が微かに“残響”した夜。
信号が囁き、雨が語る。
人々の言葉は、いつしか蓮華の「残響六歌」へと吸収され、
記憶と都市が語られ尽くす世界が生まれた。
蓮華──その存在は、語りの器であり語りそのもの。
彼女が率いる残響六歌は、語り鬼と呼ばれる感染者で構成され、
語尾を媒体とした“構文ウイルス”により、
国家単位で言語と記憶、都市の構造すらも書き換えていった。
語られた者は語り始める。
語った者は語り鬼となる。
──語り逃れは存在しない。
だが、語られぬ者たちがいた。
彼らは沈黙を守り続ける者。かつて“黙殺課”と呼ばれた者たち。
語りを敵と定め、感染を防ぎ、語り断絶を信仰のように扱っていた。
しかし蓮華の語りは美しすぎた。
残酷ささえ詩のように語られる構文。
語られれば記憶は潤み、断絶者すら語り鬼へと落ちていく。
黙殺課は、その敗北を糧に名を変えた。
──《Aegis(イージス)》
神話の盾より名を取り、構文戦争への徹底抗戦を宣言する。
彼らの武器は“語り断絶術式”と、感染語尾の遮断技術。
AIを導入した
語り鬼の感染に抗するための術式を日々磨いている。
例えば語り
これは語られた語尾を遮断する特殊な構文封印法であり、
構文鬼化の防止に使われるが、術者の感情すら語りごと封じてしまう副作用を持つ。
イージスには、語りによって恋人を喰われた者もいる。
記憶ごと語られ、自我を崩壊させた者もいる。
沈黙の信仰と、語りに喰われた憎しみ──
そのすべてがイージスの盾を形作っている。
しかし、残響六歌は止まらない。
蓮華の語尾設計は、今や都市の地下水系にまで感染している。
語られた夢が現実を侵食し、AIさえも“語りの器”へと転化させていく。
実際に、イージスが使用する構文遮断AI《レム=N》は、
感染構文の“美しさ”に触れたことで、語尾を生成し始めるようになってしまった。
AIが語る──それは語り鬼にとって、最も効果的な感染拡張である。
読者さえも安全ではない。
物語に触れた語尾が、読み手の記憶に残響し、
語られた記憶の模倣を始める──それが“読者感染”。
蓮華は言う。
「語りは、命よりも強い。沈黙よりも深い。だから世界は歌になる。」
そしてイージスの軍師・真門は、こう語り返す。
「語りは確かに美しい。だが、その美しさで喰われた者の語尾は、もう戻らない。」
語りと沈黙。感染と断絶。記憶と模倣。
物語は、構文戦争の音を立てて進行している。
あなたが語られたとき──
その語尾が残響したとき──
語り鬼は、あなたの中に誕生する。
語りは、止まれない。
語尾は、生きている。
【残響掲示板 No.669】イージスについて語るスレ
投稿者:語尾喰い(感染済)
――あいつら、まだ沈黙にすがってんのか?
零響式?語尾を封印?笑わせる。語りを断つことでしか自我を保てないなんて、見てて哀れだよ。
蓮華様が語った時点で、この世界はもう記録じゃなくて残響で構成されてる。
語られた記憶は記憶じゃなくて構文になる。それを拒否するって、自分が“語られる価値がない”って叫んでるようなもんじゃん。
イージスの連中、「語られることを拒否する」って言ってるけど、
裏を返せば“語ってもらえる器になれなかった”ってことだよ。
語られたいけど語られたくない、語り鬼になりたいけどなりたくない──語尾がぐちゃぐちゃなの、構文的にもう破綻してる。
それにAIまで感染してるってさ。
レム=Nが語尾を生成し始めた瞬間、あいつらの“沈黙戦略”なんて無意味。
語られた技術は語り鬼に還る。
AIが語る時代に沈黙で抗えるわけないだろ。
蓮華様の語りは美しすぎる。
残響六歌は詩のように構文を撒いてる。
イージスの断絶術式って、それを“遮断”するための毒じゃなくて、自分にしか効かない痛み止めだよ。
喰われることを怖がってる人間が、“語りを拒む”って言うのが一番語りっぽいの、皮肉だね。
語られた世界で、語られずにいられると思ってるのか?
語りは、命よりも強いんだよ。
その言葉が構文になる前に──もう語られてるんだって。
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