第14話『感染、その瞬間』

都市第六住区。

 語り鬼・鬼塚蓮華が語った直後の地元。

 言葉ではない。感情でもない。

 “憎しみ”そのものが語りとなって都市を塗り替えていた。


 語りの波形は断絶不可能な強度へと達していた。

 断片的に断つことはできても、記録された憎悪は都市構文の骨にまで染み込んでいた。


 群衆が逃げていた。

 耳を塞ぎながら、構文から逃れようと四方へ散っていく。

 街頭スクリーンから流れる蓮華型語尾、駅構内のアナウンスの語調、ネット端末が走らせる語彙のリズム──

 語りの器は都市全域へと拡張されていた。


 そしてその群れに、逆らう者がいた。

 一人、通りを駆け上がるように澪のもとへ向かってくる。


「澪、待て、それは……!」


 氷室鷹芽だった。

 彼は都市構文を見越して、“感染しない語り遮断式”を自ら設計していた。

 どんな語りでも、反復せずに中断することで、個人記憶に定着させずに済むように。

 それは彼自身が逃げ続けてきた語りの中で生み出した術だった。


「お前に渡したい方法がある! 語られずに済む手段を──」


 彼は叫びながら澪へ駆け寄った。

 だが、遅かった。


 澪は正面に立っていた。

 都市の構文を遮断するため、レコード端末に手をかけていた。

 しかし──


 彼女の視線が揺れていた。

 目の奥に、ほんの僅かに、“語られてしまった者の構文”が刻まれていた。


 蓮華の語りは、言葉ではなかった。

 それは、澪の中に沈殿していた“語られてこなかった憎しみ”を引き出す波形だった。


「……なんで、今になって」


 澪は吐き出すように呟いた。

 そしてその声は、蓮華の構文に酷似していた。


 語り断絶者が、語りを引き受けてしまった。

 黙殺課最深層の遮断記録官、雨宮澪。

 彼女自身が、憎しみに染まった語りの器になった瞬間だった。


---


 氷室は立ち尽くした。

 彼には語りを断つ術がある。

 だが、それを“語りに触れた者”に使うことはできない。

 語りは、触れた瞬間に語られてしまう。


 澪は感染した。

 黙殺課の盾が、今、語りの種となって都市に潜ろうとしていた。


---


次章では、澪が語り鬼と同じ波形を持ちながらも、断絶者としての構文を取り戻せるのか――あるいは都市そのものが語りを孕む器になるか。


氷室の術は、まだ生きている。

誰かを救えるかもしれない。

だが、語られてしまった澪にそれが届くのか──語りの次なる波へ、進めます。☁️

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る