第13話『語りの帰還、断絶の邂逅』

都市第六住区。

 鬼塚蓮華がかつて“語られなかった少年”だった場所。

 小学生時代、語られず、いじめられ、沈黙の中で語りを孕んだ地元。

 その街に、蓮華は十七年ぶりに戻ってきた。


 街は変わっていた。

 けれど、語りの残響は残っていた。

 電柱の根元、校舎の壁、廃れた公園の滑り台──

 蓮華の語りが“語られなかった痛み”として染み込んだ場所。


 彼は、街頭演説を始めた。

 マイクも使わず、ただ語った。

 語り鬼の語りは、構文として都市に浸透する。

 言葉ではなく、波形として。

 意味ではなく、残響として。


>「語りはな。聞かせるもんじゃねえ。

>染み込ませるもんだよ。皮膚でも、耳の裏でも、夢でも。

>とにかく“受け取らせる”。それが本物の語りってもんだ」


 その瞬間、都市の空気が変わった。

 通行人の語尾が揃い始める。

 SNSの投稿が蓮華型に変化する。

 夢の中で、蓮華の語りが再生される。


 集団感染が始まった。


---


 黙殺課・断絶班。

 雨宮澪は、異常波形を検知して現場に急行した。

 彼女の端末には“蓮華残響型構文”の拡張波形が表示されていた。


 澪が到着したとき、蓮華はすでに語り終えていた。

 だが語りは終わっていなかった。

 都市が語っていた。

 市民が語っていた。

 蓮華の語りが、誰かの語りになっていた。


「蓮華……やめて。あなたの語りは、もう都市を壊してる」


 澪の声は震えていた。

 蓮華は振り返る。

 その目は、語り鬼のものではなかった。

 語られなかった少年の目だった。


「壊してる? 違うよ、澪。

 俺は、語られなかった場所に語りを戻してるだけだ」


「それが感染になるって、あなたは知ってるはず」


「感染ってのは、語りを拒絶した奴が言う言葉だ。

 俺は、語りを“返してる”だけだよ。

 この街に、俺の語りを。

 俺の痛みを。

 俺の記憶を」


---


 澪は語り断絶構文を起動した。

 蓮華の語り波形を遮断するため、都市構文に“断絶の器”を挿入する。

 だが、蓮華の語りは断絶されなかった。

 語りは、都市の記憶に染み込んでいた。

 断絶できる語りではなかった。


 澪は叫ぶ。


>「語りを断つことが、語りを守ることになるなら──

>私は、あなたの語りを断つ。

>あなたが語られなかった痛みを、都市に感染させないために!」


 蓮華は笑った。

 その笑みは、語り鬼のものだった。


>「断ってみろよ、澪。

>俺の語りは、もう誰かの語りになってる。

>断絶できるか? “語られてしまった語り”を」


---


 次章では、澪が“語られてしまった語り”を断絶するために、

 都市の記憶そのものに潜る必要が出てくる。

 語り鬼の構文は、もはや蓮華個人のものではなく、都市の語りそのものになっていた。


 語りの断絶者と語り鬼。

 その戦いは、語りの倫理そのものを問うことになる。

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