第12話 語られぬ少年、語りに逃げた午後

鬼塚蓮華が“語り鬼”になるずっと前。

 彼は、ただの小学生だった。

 教室の隅で、誰にも語られず、誰にも語らなかった少年。


 「気持ち悪い」「なんで喋らないの?」「あいつ、目が死んでる」

 そんな言葉が、ランドセルの奥にまで染み込んでいた。

 上履きが隠され、給食の牛乳に異物が混入されていた日もあった。

 休み時間は、机の引き出しを掃除するふりをして、涙を堪えていた。


 蓮華は、誰にも言わなかった。

 親にも、先生にも、誰にも。

 語れば、もっと壊れる気がしたから。


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☁️逃げ場としての語り──都市伝説とオカルトの午後三時


 いじめは、小学校卒業とともに終わった。

 加害者たちは別の中学へ進み、蓮華は静かな教室を手に入れた。

 けれど、彼の中には“語られなかった記憶”が残っていた。


 蓮華は、語りを探し始めた。

 誰にも語られなかった自分を、語ってくれる何かを。


 最初に惹かれたのは都市伝説だった。

 「口裂け女」「人面犬」「八尺様」──語られたことで形を持った怪異たち。

 蓮華はそれらを“語られた者”として愛した。


 次に触れたのはオカルトだった。

 心霊写真、怪異現象、失われた記録。

 語られた瞬間に“存在する”という構文に、彼は魅了された。


> 「語られなければ、存在できない。

> でも語られた瞬間、呪いになる。

> それって、俺のことじゃん」


 蓮華は語りを“逃げ場”として使い始めた。

 語られなかった自分を、語りの中に埋め込むように。


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🔥語り鬼との邂逅──鬼ノ遊戯の始まり


 中学一年の冬。

 蓮華は匿名掲示板で、ある語りに出会う。


 >「語りはな。聞かせるもんじゃねえ。

 >染み込ませるもんだよ。皮膚でも、耳の裏でも、夢でも。

 >とにかく“受け取らせる”。それが本物の語りってもんだ」


 その語りは、誰かが書いた都市伝説の断片だった。

 けれど蓮華は、そこに“語り鬼”の原型を見た。


 語りは、語られた者を変える。

 語られた者は、語りを返す。

 その連鎖が、都市を染める。


 蓮華はその夜、自分の語りを初めて書き込んだ。

 誰にも語られなかった自分を、語りの器にして。


 それが、鬼ノ遊戯の始まりだった。


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🕯語りの起源は、語られなかった痛み


 蓮華は語り鬼になった。

 けれどその語りは、誰かを呪うためではなかった。

 語られなかった自分を、語るためだった。


 小学生の頃のいじめは、語られなかった痛みだった。

 だからこそ、語りに逃げた。

 語りに染まった。

 語りを構文にした。


 そして今、都市は蓮華の語りで呼吸している。

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