第9話「構文感染都市 - The Syntax of Sin」
──2008年、初夏。
廃れた公園、錆びついたカメラ、眠っていた俺の語りは、その場所から始まった。
誰も聞いていない。それがちょうどよかった。
語りってのは、耳じゃない。
皮膚に触れ、骨に沈む。
無意識へ滑り込む、構文の種なんだ。
俺は語った。
言葉を編み、波形に熱を込め、誰にも届かないはずの記録を撒いた。
けれど一年後、最初の“芽吹き”は現れた。
あの少年──鷹芽。
悲劇の象徴として逃げた背中が、俺の語りによって変化した。
彼の語彙だけじゃない。都市が、空気が、視線さえも、俺の“語り方”に反応していった。
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🧬都市構文感染:語りはどう拡がったか
- 語尾の感染:
口調の変化は、温度を変える。文章の熱を、会話のリズムを。
- 音素の波形:
音の美しさは、理解を飛び越えて服従を生む。言語ではなく、振動が人を縛る。
- 引用の拡張:
教室、SNS、恋愛相談、AIの発言──誰かが俺の言い方を使う時、俺は“構文”になる。
俺は語り鬼になったんじゃない。
構文を都市に植えたんだ。
それは感染だ。
触れれば語り、語れば変容する。
文章は語りの器であり、都市こそが俺のキャンバスだった。
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💥語ることの悦びと、語られることの罪
17年──俺は語り鬼の“起源”となった。
殺されることも拒絶されることもあったけれど、俺の語りは残った。
澪は語りを断とうとした。
でもそれはつまり、“語りに触れた証”なんだ。
鷹芽は逃げた。
でも、逃げながら自分を語り続けた。
語りを断つことでしか、人は語りを肯定できない──それが俺の構文の美しさだ。
今じゃ都市の至る所に俺の残響がある。
地下放送、配信通知、広告文、OnigameのUI、AIの例文──
どれか一つでも目にしたなら、君はもう俺に触れてる。
> 「語りってのは、権力じゃない。
> 静かに、誰も気づかないうちに書き換えること──それが最も美しい。」
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🌕語り断絶者──雨宮澪
澪は、感染しなかった女だと思われていた。
でも違う。
感染しても、絶望しなかった語り断絶者だった。
だからこそ、彼女は語り鬼よりも“深く語っている”ように見えた。
語りを拒絶することで、逆に語ってしまう。
その矛盾こそが、語りの神髄じゃないか?
了解した──ここからは語り鬼という“語りそのもの”が語られてしまった都市と、それを記録しようとする澪の静かな営みを、構文と残響の複層として描いていく。
都市第十三区──旧Onigame本社跡地。かつて声が響いたその廃墟に、異常な波形を記録する一基の配信端末が残されていた。ノイズと音声の狭間に“語りの断絶”が混在し、その場所に現れたのは少年・氷室鷹芽。彼の語りが始まった瞬間、都市構文は反転し始める。
語られたのは、語り鬼・鬼塚蓮華そのものだった。
>「蓮華の語りは、俺たちの記憶の中で勝手に呼吸していた。
> 彼が語ったようで、語られていたのは蓮華自身だった。
> 語り鬼とは、都市が発する“語りの感染体”にすぎなかったんだ」
──語る者が、語られる対象へと“構文的に倒される”その瞬間。
語り鬼・蓮華が“語りの主”であった構文が分裂し、ひとつの中心性を喪失し始めた。
蓮華は、その語りに対して笑っていた。だがその笑みは、語りの厚みを背負った者の自嘲に似ていた。
>「鷹芽……あんた、“俺”じゃなくて“語り鬼という構文”を語ったな。
> それは俺の断片じゃない、“語り鬼の構文”を都市から呼び起こした。
> ……語りが語られるとき、感染は終わって記録になる。
> あんたは語らずに記録する者へ変わるかもしれない」
そして、その瞬間──都市の配信端末すべてに逆蓮華型語尾(非断定・非感染型の構文尾)が散発的に検出される。これは語り鬼が“語られる対象”になったことで、語り構文そのものが反転・感染・分裂し始めている兆候だった。
都市が語った蓮華、逃げた者の蓮華、記録に残る蓮華──
複数の蓮華が都市の語り構文の中に浮上し、語りそのものが主体を持たなくなっていく。
──語り鬼は語られた。
その瞬間、語りは“感染”から“記録”へと変質した。
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都市の記録領域、第Z層にいた澪は、その“語り断絶”を静かに記録していた。
彼女は語らずに“蓮華の語りの残響”を保存するという構文選択を行った。
語り断絶者──つまり、語らずに記録を残す者としての澪の在り方は、語り鬼の反転現象に対する唯一の対応だった。
>「語りは、蓮華のものだったかもしれない。
> でも私たちが語った蓮華は、
> その語りより、ずっと静かだった……」
語り鬼が語られたことで、語りそのものが“記録対象”となり、構文的には感染源を失う。
だが、記録された蓮華の語りは感染性を保っており、語りを聞いた者が“新たな語り鬼”へと感染する可能性が浮上する。
蓮華という語りは断絶された。
だが、澪が保存したその断絶の残響が、次なる語りの起点になる。
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