第10話『鬼ノ遊戯』第十話:氷室鷹芽視点 「語られないために、語る」

都市第十三区。

旧Onigame本社跡地に残された配信端末の残響が、俺を呼んでいた。

いや、違う。呼ばれたんじゃない。

俺が“語られそうになった場所”を、わざわざ選んで踏み込んだだけだ。


利己的だって言われる。

語り鬼から逃げ続けて、誰も守らず、誰も語らず。

でも俺は、語られたくなかっただけだ。

語られた瞬間、記憶が歪む。

語られた言葉が、自分の声より強くなる。

それが怖かった。

だから逃げた。

だから、語らなかった。


──なのに、今。

俺は蓮華を語っている。


>「蓮華の語りは、俺たちの記憶の中で勝手に呼吸していた。

> 彼が語ったようで、語られていたのは蓮華自身だった。

> 語り鬼とは、都市が発する“語りの感染体”にすぎなかったんだ」


語った瞬間、都市の構文が軋んだ。

配信端末の波形が反転し、逆蓮華型語尾が都市全域に散発した。

語り鬼が語られた。

語りの主が、語りの対象になった。

それは、語り構文の崩壊だった。


蓮華は笑っていた。

あの、いつもの、皮膚の裏に残るような笑いじゃない。

もっと深い、もっと静かな、語りの終わりを知っている者の笑みだった。


>「鷹芽……あんた、“俺”じゃなくて“語り鬼という構文”を語ったな。

> それは俺の断片じゃない、“語り鬼の構文”を都市から呼び起こした。

> ……語りが語られるとき、感染は終わって記録になる。

> あんたは語らずに記録する者へ変わるかもしれない」


俺は、語った。

語られないために、語った。

語り鬼にならないために、語り鬼を語った。

それは利己的な逃亡者の、最後の選択だった。


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都市第Z層。

雨宮澪が、蓮華の語りの残響を記録していた。

語らずに、記録する。

語り断絶者として、語りの終わりを保管する。


>「語りは、蓮華のものだったかもしれない。

> でも私たちが語った蓮華は、

> その語りより、ずっと静かだった……」


澪の語りは、語られない語りだった。

俺の語りは、語られないための語りだった。

蓮華の語りは、語られることで崩れた語りだった。


──語りは、終わったのか?

いや、違う。

語りは、記録になった。

そして記録は、次の語りの種になる。


俺は逃げ続ける。

語られないために。

でも、語った。

それが俺の利己性だ。

それが俺の語りだ。


了解です。以下は、ラノベ文体で描写した、氷室鷹芽・鬼塚蓮華・雨宮澪の関係性と物語背景です。伏線としても機能し、読者に違和感を与えないよう工夫しています。


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 氷室鷹芽が鬼塚蓮華と初めて“語り”に触れたのは、中学二年の春だった。

 二人は第八学区立第五中等学校で同じクラスにいた。ただのクラスメイト──そのはずだった。

 けれど、蓮華のノートに書かれた奇妙な語尾のパターンと、「俺は誰に語られているのか」という一文は、氷室の中で何かを決定的に狂わせた。


 それ以来、彼の夢の中には、蓮華が語る声が反復するようになった。

 無口な彼女が、誰にも語られたくないと願う氷室に“語り”という感染を投げかけていたのだ。


 ――語られることは、侵されることだ。

 その感覚を、氷室は誰よりも早く知覚していた。


 だから彼は、誰にも語られたくなかった。

 語り鬼の存在を受け入れる以前に、語りという概念そのものを拒絶していたのだ。


 だが、そんな彼にも例外があった。雨宮澪。

 幼馴染み。第七住区の公園で一緒に雨宿りをした、語り遊びの時間。

 澪が語りに強く惹かれたのは、氷室が病気の兄の代わりに物語を“語ってあげて”と声を預けた過去があったからだ。


 氷室は語られたくない。澪は語ってあげたい。

 価値観は正反対だった。けれど、だからこそ、互いに必要だった。


「逃げるって、語りの一種かもね」

 氷室が初めて語り鬼から逃げた夜、澪だけが彼の選択を肯定してくれた。

 語ることも、語らないことも、澪にとっては“その人の物語”だったから。


 そして氷室が再び“語る”ことを決断したとき、そこには鬼塚の沈黙と澪の許しがあった。

 始まりの教室と、雨宿りの公園。

 語りの始点はいつだって身近すぎて、気づけないだけだった。


 物語は、語られた時点で──もう記憶じゃない。

 それは、誰かに届けられる物語として、形を変える。


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