第2話 とりあえずから始めるらしい

 待ちに待った放課後が来た。こんなに緊張しているのは生まれて初めてかもしれない。正直、試合より緊張している。


かがり、いよいよだな! っておいお前、緊張で顔真っ白だぞ」

「しゃーないだろ、かなりの確率で振られるんだから」

「大丈夫だって! さっきから言ってるけど、きっと誠実に伝えれば、無碍にはされないからさ」


 こいつは、竜胆辰也りんどうたつや、同じサッカー部のよしみであり、夏原への告白に関して相談をした男だ。辰也自身、茶髪でサッカー部でイケメンという軽薄そうなやつだが、他校の幼馴染に一途であり、そこらかしこで惚気るため、ある意味信用にたる男である。


「じゃ、俺は部活行くから。報告よろしく!」

「あいよ」


 そういって、颯爽といなくなった。あいつ絶対面白がってるだろ。


 夕暮れ時、勉強の手を止め、ベランダに出て日の伸びを感じながら外を眺める。ゆらゆらとなびいて見える夕日は、まるで不安定な自身の気持ちからなのか、そうでないのかわからなかった。


「日向」


 不意に後ろから声を掛けられる。振り返ると部活終わりでやや汗ばんだ夏原がそこにいた。夕日に照らされた夏原の顔は、赤みがかっており、張りつめている様子が伝わる。


「部活お疲れ様、夏原」

「おう……。あんがと……」


 なんだよ、あんがとってかわいいかよ。あとさっきからスカートを両手でつかんで下を見てるのなんなん?ふざけんなよ、抱きしめたくなるだろうが!

 ふう、あぶないあぶない、取り乱してしまった。とりあえず、告白しよう。じゃないと夏原がかわいくて耐えられない。俺は意を決して呼びかける。


「夏原」

「はいっ……!」


 一瞬だけ目をつむり息を整える、吸った空気がのどを焼くような錯覚を感じる。静かに目を開けて、息をのんでこちらを見る夏原に目を合わせる。


「夏原、ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください!」


 よし、言った! 言ってやったぞ! ついに言えた! 俺は、開放感から思わずそう心の中で叫んだ。それもそうだ、ここ数日はそのことで頭がいっぱいでろくに何もできなかったんだから。しかし、そんな気分は長くを続かず、高揚した気持ちが落ち着きふと気づく。夏原の様子が変だ。下を向き、こちらからの様子は見えないし、うんともすんとも言わない。まずい、ふとそんな気がした、その時、夏原が覚悟を決めた様子でこちらを見て口を開いた。


「ごめん! 日向とは付き合えない!」


 頭が真っ白になる。何を舞い上がっていたんだ俺。事前の辰也との確認では、大した接点のない俺の勝算は低く、基本的には負け戦だっただろうが。それにしても、ちゃんと振られたな。わかってた、わかってはいたけど、つれえよ。

 ちなみに夏原と仲を深めてから告白しなかったのには理由がある。それは、クラスで所属するグループの違いである。基本的に俺は、辰也を中心に男子としかつるまず、夏原と天城の男女グループとは絡みがない。怪我をするまで部活に集中していた俺は、交友関係がお世辞にも広いとは言えず、いまさらそこに入っていくようなことは、彼女らの交友の邪魔になると思い、気が引けてしまった。

 まあ、これも今思うと言い訳でしかない。本当に好きなら、もっと長い目で見て、臆せず行動すべきだった。彼女の様子が目に入る、不安そうでそれでいて心配そうな表情をしている。それを見て目を覚ます。夏原にこんな顔をさせてはいけない。彼女には、いつだって元気に笑顔で過ごしていてほしい。そう思い、カラカラののどから声をひねり出す。


「夏原、ありがとう……。ごめん、驚かせたよな。今日のことは気にしないでくれ、また明日からただのクラスメイトとしてよろしく頼む」


 そういって、机にかけていたカバンを持ち、足早に教室を出ていこうとした。


「待って、日向!」


 そんな俺を彼女は呼び止めた。努めて平静を装って振り返る。


「私のほうこそごめん! 日向はいいやつだとは思うけど、告白されるなんて思わなかったし、そもそも今まで告白なんてされたことなくって気持ちの整理ができなくて……。それで、言いたかったことがあって、ええっと……。」


 まくしたてるように紡いでいた彼女の言葉は途端に勢いをなくした。言いたいこととは何だろうか、明日から関わるなとか言われたら泣いちゃうよ、俺。そんな不安を吹き飛ばす言葉が夏原から出た。


「と、とりあえず、友達から始めてみませんかっ!」


 友達、それは願ってもみなかったような提案だった。自身にとって初めて受ける他者からの告白、戸惑いを感じながらも真摯に俺の告白に対して向き合ってくれている、その姿勢に、やっぱり好きだなと感じてしまう。俺は、先ほどまでの不安を忘れ笑顔で告げた。


「ああ! よろしく頼む夏原!」

「おう!」


 そう言って彼女も笑顔で答えてくれた。少しずつ、ゆっくり仲良くなっていこう。そう決意を新たにしていると、彼女が明後日の方向を見ながら、聞きにくそうに尋ねてきた。


「ちなみにでいいんですけど、あのー、涼音のどこを好きになってくれたか聞いても……」

「そりゃあ、まあいろいろあるけど。まず、友人を大切にしていることだろ。天城の告白もいっつも心配そうにしてるしな。あとは、 困っている人に躊躇わずに手を差し伸べれるとこ。この間も、図書委員の子の本運び手伝ってたし。それと、喜怒哀楽が顔に出やすいとこもいい。授業中に見た保護犬の動画で泣きすぎて目をはらしてたのとか、他にも……」

「わかった! わかったから! もういい!」


 なんだ、もういいのか。まだ好きな理由の1割にも満たないのに。褒められ慣れてないところとか。今こういう冗談を言うと怒りそうだから話を止め、俺の攻撃に耐えられず走ってった夏原を見届ける。すると、夏原が真っ赤な笑顔ドアの前で振り返ってきた。


「じゃあ、友達待ってるから! また明日ね! 日向!」

「おう! また明日!」


 夏原が教室から出た後、しばらく気持ちを整理して、帰路に就く。すっかり日は落ちており、月も見えるそんなころ、道端のカーブミラーに映る自身の表情は案外悪いものではなかった。


 



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