『この人、人間食べます』
ミノカグラ。
『この人、人間食べます』
「どうも、モトキの大食いチャンネル、見てくれてありがとう、モトキです。今回はね〜、ここ!『人食いお断り!人情食堂』で大食いしていきたいと思います」
俺の名前は、黒川モトキ。今やYouTube登録者数50万人を突破した、大人気YouTuberだ。
…なんて言ってみたが、そんなことはなく。
道歩いてても声掛けられないし、キャーともスンとも言われたことは無い。所詮50万人ってことか。すごいと思うけどな、俺は。
「ん〜!このお肉、絶対いい牛使ってる!めっちゃ美味い!」
興奮しながら料理を食べ進める。なんて言ったって、この店は『人食いお断り』だ。安心して食べられる。
「そういえば…前回の動画のコメントに、『なんで人肉たべないの?』って言ってる人いたんだけどさ。いやいや、食べるわけないでしょ。俺、人間だよ?食べるやつ頭おかしいだけ。人肉って基本不味いし。食べればすぐわかるから」
そもそも、人食いなんて文化、昔はなかっただろ。頭おかしいヤツが美味いとか言って広まったんだろうけどさ。俺は食べない。
「次回は、営業再開したばかりの杉屋に行こうかな!前あった騒動は、ここじゃわざわざ言わないけどさ。ずっと食べてたお店だし、応援の意味も込めてね」
杉屋は、大手牛丼チェーン店だ。誤って人肉を提供してしまったがために、営業停止に追い込まれた。工場で人肉が紛れ込んでしまったことが原因らしい。絶対、工場の人間に"人食い主義"がいて、わざとやったんだろう。
「てことで、美味しかった〜!お腹いっぱい!今回はここまでにしようかな。てことで次回もよかったら見てね!モトキでした〜またね」
録画を止めて、店を出る。いい人だったなあ、店主。ぜひ仲良くしたいけど、俺人見知りだからなあ。撮影許可とった時は優しかったから、そのまま話せたら嬉しいんだけど。いつも行く店の店長だったら、俺でも気軽に話せるんだけどなぁ…。
てことで、いつもの作業場こと、いつもの定食屋に到着。ここの店長とは所謂マブダチだ。この店は人肉提供しない主義だし、俺は絶対食べない主義。何とは言わないけど、俺も店長も小さい方が好き。気が合うんだよなぁ、色々と。
「よっ!店長。やってる〜?」
「おうおう、入ってこれる時点で分かってんだろ。早く編集とやらを進めちまいな。んで、早く出てけってな、はは」
店長は笑顔でそう言った。ちょっとグサッと来てることは、多分知らないだろう。俺は結構メンタル弱いんだよ。店長だからいいけどさ。
早速端っこの席に座らせてもらって、パソコンを広げる。編集編集っと…。
でも、その前に。前回の動画を見返す。なぜって?反応見たいだろ。再生数とか、コメントとかな。再生数は…おお、100万超えてる。これはいいコメント貰えてるんじゃないか?
『モトキくんこんな食べてるのになんで細いの?』
『こいつは絶対人肉食わないから安心して見れる』
『店主かわいい』
おお、俺ってやっぱ細い?もっと鍛えた方がいいのかな…でも時間が…。
人肉食わないのは当たり前だろ。俺は食わない主義だし。人肉とか普通に食ってるYouTuberいるもんな、分かる。
店主おじいちゃんだぞ?!どこがかわいいんだよ…。
やっぱり俺の視聴者は面白い。隅々までチェックしていると、雰囲気の違うコメントがあってスクロールが止まる。
それは、俺には理解できない、意味のわからないコメントだった。
『この人、人間食べてます』
……は?どこ見て言ってんの?
てか、何気にいいねついてんのおかしくない?なんで?
やる気がなくなったので、別の動画の反応を見る。すると…
『この人、人間食べてます』
は?だから一体なんなんだよ!!食べてねえって言ってんだろ!!
ていうかみんなも反論しろよ!!なんでちょっといいねついてんだよ!
ふと、過去の動画も確認する。コメントを、人気順から新しい順に切り替える。
すると…
『この人、人間食べてます』
『この人、人間食べてます』
うわぁ…出てきた出てきた、大量の荒らしコメント。俺もついにアンチが湧くようになったって訳だ。
てかめんどくせえ、こいつ絶対次出す動画にも湧いてくんじゃん…。
思わず天を仰ぐと、暇そうな店長が不思議そうに(仏頂面だが、俺にはそう見える)言った。
「おい、編集はどうした」
「いやあ…ちょっと不思議なもんでさ。俺にアンチが湧いてるわけよ」
「なんだその、あんちってのは」
首を傾げる店長に、ふと、かわいい、と思った。あぁ、なるほど。ちょっと分かったかも。
「アンチはさ、なんて言うのかな。俺のこと気に食わなくてなんでもいいから悪さしようってやつのこと、かな。そいつがさ、俺が人間食べてるとか言うの。しかも何回も。もう参っちゃって」
「あぁ、知ってる」
え?!店長知ってるって言った?
店長、俺の動画割と見てんのかよ…しかもコメントまで…照れんじゃん。
店長が更に可愛く見えてきた俺は、遂におかしくなったのかと頬を叩いて編集を再開した。
「ところでお前さん。人肉っつってもなあ」
「ん、なに?」
「定義が曖昧なもんだと思わないかい」
…ん?定義?店長にしては小難しい話だ。
「え、人肉は人肉だよ。人間の肉、それだけだろ」
普通に雑談か、と思ってパソコンに向かって喋る。えーと、最初のここは切り取って、と…。
「最近じゃ血液出す店もあるよなあ。あれも人判定でチェーンじゃもちろんダメだ。だがな、お前さん。自分の口の中が切れた時どうする。舐めるだろ、飲むだろ、血を。舌噛んで肉を食べることもある。」
パソコンの画面は、既に暗くなっていた。
「ありゃあ一体、何が違うんだ?」
俺の妙に汗ばんだ顔だけが画面に映って、消えない。
「お前さんの舌はもう、慣れちまってんだよ」
「ってんちょ、」
「はは、今日はもう店じまいだ、早く出な」
急いでパソコンを片付ける。
またな、という声は遠くに聞こえ、俺は自宅に走っていた。
なんだなんだなんだ?!どういうことだよ?!
店長までおかしくなっちまったってのか?!
店長は、人肉提供しない主義のはず。
提供しないだけで、実は食べてた、とか…?
今まで考えたことのなかった可能性に冷や汗が走る。あの思想は、よく聞く"人食い主義"そのままだった。
『元々我々は人食をする』
そんなわけないだろ!!どうしよう、どうすれば店長を戻せる?
てかもう、店長の店でも安心して食べられないじゃんかよ…。
家に着き、ドアを開ける。
ちゃんと閉めたかなんて確認もせずに、俺はキッチンへ急いだ。
「やっぱ、自分の料理しか、もう安心できないよなあ…」
自分で作る料理が、いちばん安全なんだ。
早速キッチンに着き、俺は夕飯を作るため、包丁を手に取る。
そしてそのまま、
持っていたバッグへと入れた。
「はやく、」
家を出て、来た道をもどる。
「はやく、」
『この人、人間食べます』
食べるわけないだろ、"人間"なんて。
「はやく、」
『お前さんの舌はもう、慣れちまってんだよ』
「たべてあげなきゃ」
『この人、人間食べます』 ミノカグラ。 @minokagura
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