第14話

春の風がまだ冷たい頃、クラス替えが発表された。


陽翔と夏葵は同じクラスになった。その瞬間、陽翔はほっとした表情を浮かべた。けれど、泉と雅貴はそれぞれ別のクラスへと振り分けられてしまった。四人で過ごしたあの冬の日々は、物理的にも少しずつ距離ができ始める。


新しいクラスは騒がしさと静けさ、どちらも混ざっていて、それぞれの色を持っていた。泉のクラスはどちらかといえば穏やかで、騒ぎ立てるような生徒は少ない。対して雅貴のクラスは、目立ちたがりや噂好きが多く、口にしたことがあっという間に広がっていく、そんな空気だった。


春が深まるにつれ、またしても「気をつけるように」という注意が学校内で飛び交い始めた。


「最近また、同じような事件が起きたらしい。しかも今度も男の子だったって」

「運動部の子だったらしいよ」

「やばくね……北区のほうだってまた……」


先生たちは慎重な口調で語っていたが、生徒たちの好奇心は止まらなかった。そして、過去のあの“事件”の記憶がまた掘り起こされる。


「夏葵の話、覚えてる?」

「え、あのときのってやっぱり夏葵だったんじゃね?」


実際には違った。けれど、誰もが確かめようとはしなかった。もはや“事実”かどうかではない。ただ話の“面白さ”だけが彼らの背中を押していた。


泉のクラスでは、噂は囁きに近かった。誰かがこぼすように言うだけで、空気はすぐに沈黙に変わった。真面目な生徒が多く、変に火がつくようなことはなかった。


だが雅貴のクラスは違った。


「お前さ、同じグループだったんだろ?あいつ、夏葵ってやつ」

「まじで襲われてたんじゃね?あの噂、ガチだったんだろ」

「うわー、エグッ。俺そういうの無理だわ」


笑い混じりの言葉、軽さだけを纏った悪意が、教室の空気を濁らせていった。


雅貴は言い返せなかった。冬のあいだも、春休みも、気づけば夏葵と話せていないことに気づく。今、夏葵がどんな顔をしているのかも分からない。なのに、こうして周囲の声で“夏葵像”が勝手に形作られていく。


「違うよ」って言いたかった。でも、それを裏付けるだけの記憶が、確信が、彼にはなかった。


そして、その沈黙が「認めた」という形に変わってしまう。


「やっぱそうだったんだ!」

「てか、あいつの親もやばかったしな~」


そんな流れに、雅貴の心はじわじわと締め付けられていった。何が本当で、何が嘘なのかも分からない。ただ、あの夏、一緒に笑っていた夏葵がどんどん遠ざかっていく感覚だけが、胸に残っていた。


教室という場所が、これほどまでに冷たく、居づらいものだとは思っていなかった。


息がしづらい。

夏葵に対して酷いことを言われていること、夏葵が人気なくなっていくのが嬉しく感じてしまったこと、そのどれもが首を絞めてきて、その幻覚を振り払うかのように机へ向かった。

でも、後ろで夏葵、という単語が聞こえる度心臓が飛び跳ねる。

問題文の内容なんて1ミリも理解出来なかったのに、分かるふりをしてページを進めた。

もうなにも言わないでくれ。


そして、すっかり期末も終わり、暑くなってきた頃。


蝉の鳴き声が響き始める中、陽翔と夏葵が一緒に下校する姿を、雅貴は遠くから何回か見かけた。


でも声は掛けられなかった。

今回の期末の成績もそれなりに良かったし、母親にも褒められたのに、全てを失った気分だった。


しかし、夏休み直前になりクラスメイト達はすっかり浮き足立っているころ、ふたりが一緒にいる姿を見かけなくなった。


俺が会っていないだけか?と思いつつ、あまりにも見かけなさすぎる。

陽翔を見かけた、と思っても隣に夏葵が居ることはなかった。


それが夏休み開始の合図だった。

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