第11話

じっとりとした梅雨が明け、制服がすっかり体に馴染み始めたころ。

空がやけに眩しくて目を細める。

長い終業式を終え俺たちの中学生活は、最初の「夏休み」を迎えた。


それぞれが、それぞれの場所に散っていく。


サッカー部は大会前で、朝から汗だくで走り回る日が続いてた。

泉は図書館や塾の夏期講習でほとんど予定が埋まってるみたいだったし、雅貴もこの夏から塾に通い始めるって言ってたから、今までの4人で毎日のように集まることはすっかり減っていた。


俺ら3人はスマホを使って、集まれなくても近況報告をLINEし合ったりふざけた話をしていたが夏葵は未だにスマホを持っていなかったため、連絡手段が家まで訪ねる以外ない。

そうなるとどうしても夏葵がいま、何をして、どんなことを思っているのか分からない日が増えて、夏葵がふっと陽炎のように消えてしまう夢を見た。


部活に入ってない夏葵は、縛るものはなくてどこまでも自由なはずなのに、それが逆に居場所がないように見えた。


暫く何をしているのか分からない日が続いていたが、ある日部活の練習のために学校に向かおうした昼下がりのこと。

コンビニで買ったのであろうパンを握りしめて、学校近くの公園のベンチでもそもそと食べてる姿を見かけた。

久しぶりの夏葵は前にも増して線が細くなったように見えた。

なんだか消えてしまいそうで、気が付けば足が動いて夏葵の元へと駆け出していた。


「夏葵!」

「おー」


緩慢な動きでこちらへ視線を向ける。

暫く黙りあいが続き、こちらをじ、と見詰める瞳が胡乱なものへと変わる。こちらに続きを促しているような。

こちらからは会話を始めないから、と。


なにか、言わなくちゃ。

慌てて口を開く。


「…最近なにしてんの?」


つまらないであろう質問に呆れたように吹き出す夏葵。

そして夏葵の顔に影を作っている原因である青々としたポプラの木に目を移してゆっくりと目を閉じた。


夏葵の顔に木漏れ日が落ちる。

口を開く動作がやけにスローモーションに映った。


「んー……なんか寝たり起きたり。気づいたら夕方になってるよ」


グループLINEとかSNSとか、そういうやりとりが当たり前になってくるこの時期に、ひとりだけ繋がらず、ひとりの夏葵。


「スマホ欲しくないの?」

って誰かが聞いたとき、夏葵は少し黙って、「欲しいけど……まぁ、そのうち」って答えていたのを知っている。


また無言になり考え出してしまった俺を置いて、夏葵は気が付けばどこかへ行ってしまった。


そしてある日。

それは、夏葵の誕生日が近い夕暮れだった。


俺は偶然、駅前の携帯ショップの前で、夏葵とその母親が並んで歩いてるのを見かけた。

母親は相変わらず派手で美人で、街の視線を集めてるのに、本人はまったく気にしてないような顔をしていて。

夏葵は少し俯きがちに、「ほんとにいいの?」って聞いてた。


「何度も言わせんなって。あんたがほしい物を買ってあげる分くらいはあたしが稼いでるってば。でも、買うの遅くなっちゃってごめんね。しかもいちばん古い機種だし…。」


悲しげな顔をして俯いてしまった夏葵のお母さんを慰めるように背中を摩って、わざとらしいくらい明るい声で励ます夏葵の姿が見えた。

そしてふと腑に落ちる。


あぁ、夏葵が女の子の扱いが上手いのはこういうところからなのかもしれない。

普通では無いかもしれないけれど、やはり幸せそうな二人を見ていたらほっとした。


夏になるといつも思い出す、あの夏葵の泣き声と叫び声が今年はようやく薄くなったように感じた。



それから数日後、またあの公園にいた夏葵はスマホを持っていた。

両手で抱えた小さな画面をそうっと指先でいじる仕草がなんだかちょっと可笑しくて、動画を撮って近付く。


「現場の夏葵さん、スマホをゲットしたようですが今のお気持ちは。」


「はっ、なんだそれ。えー、そうですね、非常に嬉しく思います。」


とか言って。

その動画を、あの夏葵がついに!とのコメントを添えて雅貴と泉とのグループLINEに送れば、直ぐに既読がふたつ付く。

あれよあれよという間にふたりもこの場へ来ることが決まり、久しぶりに四人で集まれることになった。


走ってきたのか、息を切らしながら公園に駆けてくる雅貴と4つのアイスを手にのんびりと公園に来る泉の姿を見て、夏葵はまた嬉しそうな顔をした。

俺達もそれを見て、なんだか笑みが零れた。


泉の買ってきてくれたアイスをボリボリと齧りながら、夏葵が呟く。


「連絡先、教えろ」


***


そして、夏休みも中盤。

街に張られたポスターが、俺たちを誘っていた。


《○○市南区 花火大会 七月×日 開催》


「なぁ、みんなで行かね?」


誰かがそう言ったのがきっかけだった。

気づけば夏葵を含めて作られていたグループLINEには「浴衣着てく?」「サンセー」「何時集合?」って話で盛り上がってて、まるで修学旅行の前夜みたいに、俺はそわそわしてた。


でも。


「俺、浴衣とか持ってないから私服でもい?」


夏葵がそう返した時、空気が一瞬だけ止まった。

やっちまった。

そんな雰囲気だった。


そんな雰囲気にしてしまった罪悪感、さらにそれに罪悪感を感じていることにすら罪悪感が湧き、夏葵はこういうふうに思われるの嫌だろうな。

俺らくらいは普通に接したいのに。

こんな思いも傲慢なのか。


止まってしまったLINEを最初に動かしたのは、やはり泉だった。


「じゃあ夏葵、集合前俺んち来てよ。」


「いいけどなんで」


「俺の着なくなった浴衣貸して着付けしてやるよ」


「まって着付けしてくれるならおれもいきたい」


「おれも泉んち入りたい」


泉の提案で気まずい空気が霧散した。

泉はいつでも凄い。


良かった、いつもの俺たちだ。


「マジ?いいの?久我家の浴衣とかクソ高そうなんだけど」


「うん、絶対似合うから着て欲しいんだ。夏葵って、顔立ち綺麗だし」


穏やかで、優しい表裏のない泉の繰り出すストレートな発言は夏葵を撃ち抜いたようで、無事に4人で花火大会に行けることになった。


「褒めてもなんも出ねーぞ」


「別に疑わなくても笑。本心だよ。あ、でも陽翔たちも来るのはいいけど家では騒がないでくれよ、今兄ちゃん勉強中でさ。」


そう、泉のお兄ちゃんは二浪目に入っていた。

だからかより一層、泉を絶対医学部へ、と圧力が掛かり始めたようで、最近の泉は笑うことが減っていた。


この夏祭りがみんなにとって息抜きになればいいけど。


何も悩みがなく、純粋に祭りやみんなに会えることを楽しみにしてるのは俺だけなのかもしれない、と思うと下を向かないといけない気持ちになる。

母さんの夕飯よ、と呼ぶ声がどこか遠く聞こえた。

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