第4話

あれから、夏葵はしばらく学校に来なかった。


連絡も、説明も、なかった。

いや、先生は何かを知っているふうではあったけれど、誰にも何も言わなかった。


「黒瀬くんはね、ちょっとおやすみが必要だから……」


それだけ。

夏葵がいま、どんな顔をしているのか分からなくなって、生きているのかどうかすらも不安になって毎日重たい気持ちになっていた。


だが、ある日ふいに学校に来た。

終業式の三日前のことだ。


けれど、教室の扉を開けて先生と何かを少し話すと、夏葵はまた、すぐに帰っていった。

誰とも目を合わせず、誰の名前も呼ばずに。


暑さに教室がぼやける中、ただひとつ印象に残ったのは、

長袖を着たままの夏葵の背中だった。


誰もが半袖やノースリーブで汗を拭っているのに、

彼だけは、あの日と同じように、細い腕を覆い隠していた。


そして何も分からないまま、夏休みに入った。


初日の朝、陽翔はテレビを見ていたけれど、内容はひとつも頭に入ってこなかった。

二日目はゲームをした。

三日目は雅貴と泉と会った。


でも、どんな日も、

喉に魚の骨が刺さったような違和感がずっとあった。


笑っていても、どこかぎこちない。

蝉の声が、うるさくて、うるさくて、たまらなかった。


八月のはじめ、陽翔の家。

クーラーが効いた涼しい部屋で、3人は夏休みの宿題を広げていた。


「わかんねぇ!これ、マジでむずくない?」


「お前、さっきのも言ってたよな、それ……」


「うるせーなぁ。ちゃんとやってんだってばー」


ふざけあう声の隙間に、ふと、泉がぽつりと呟いた。


「……夏葵、宿題、終わったかな」


その言葉に、陽翔と雅貴の手が、ぴたりと止まる。


誰も答えなかった。

答えられなかった。


分からないから。


だが、夏葵の“今”を知る方法が、実はひとつだけあるのを三人は分かっていた。

あの、アパートの前まで行けばいい。

また、あの陽炎を追って、あの道を歩いて、それで。


でも。


それは、できなかった。

あの日を思い出すと動けなくなるのだ。


遠く聞こえただけでもこんなに怖いのに、あれを直で浴びていた夏葵はどれほどの恐怖だったのだろう。

顔に手を近づけただけで怖がった夏葵の姿が脳裏にうかぶ。

痣だらけの腕がチラつく。


喉がカラカラに乾いていた。


冷房の音だけが、部屋の中で静かに唸っている。

麦茶の氷はすっかり溶けていた。

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