第4話:フグの赤ちゃん!?

「……お待たせ」


ユキの声は、氷のように冷たく響いた。


彼女の腕には、白とオレンジのストライプ模様のロンパースに

身を包んだ赤ちゃんが抱かれている。


そして、赤ちゃんの目の周りには、まるでフグの模様を模したかのような

不気味なメイクが施され、貼り付けられたキラキラのシールが、

異様な光を放っていた。


ユキは、亡霊のような足取りで、ゆっくりと私たちの方へ歩み寄る。

その瞳には、普段の柔らかな光はなく、底なしの闇が宿っていた。


「パー子が、フグのほうが可愛いって言うから……

赤ちゃん、もっと可愛くしてみたんだけど、どう?」


ユキの目は、笑っていなかった。

部屋の空気が、一瞬で凍りついた。


私たち三人は息を飲むことすら忘れ、ただ、ユキとその赤ちゃんの異様な姿を、

なすすべもなく見つめることしかできなかった。


パー子が引きつった笑いを浮かべる。


「え、なにこれ、めっちゃ怖いんだけど……!?」


「か、感情的反応を誘発する戦略としては、ゆ、有効だが……

 倫理的には、も、問題があるのでは……」


いつも冷静沈着なロンちゃんも、明らかに動揺している。


「ユキちゃん、ちょっと、落ち着いて……!」


私は唇をかみしめながら、かろうじて声を絞り出した。

胸の中で、怒りと悲しみと後悔が、ぐちゃぐちゃに渦巻いている。


「……ほんとはね、私が一番、楽しみにしてたんだよ。

 あなたの赤ちゃんに会えるのを……。なのに……!」


私の震える声に、ユキの目に、ほんの一瞬、

動揺の色が浮かんだように見えた。


だが、もう遅い。後の祭りだった。

ユキは赤ちゃんをぎゅっと抱きしめ、囁いた。


その声は静かだったが、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを含んでいた。


「これで、論争は終わり、かな?

 もう誰も、私の赤ちゃんを、バカにしたりしない……よね?」


ユキは、私たち全員の顔を、

ゆっくりと、一人ずつ見渡し、さらに強く念を押した。


「ね?」


フグ風のメイクを施された赤ちゃんは、

キラキラのシールを異様に輝かせている。


その小さな黒い瞳が、私たちを吸い込むかのように、

じっと見つめ返していた。


「じゃあ、みんなで――うちの『フグより可愛い』赤ちゃん、

 ちゃんと見てくれる?」


「は、はい……」


パー子は言葉を失い、青ざめた顔で震えている。


ロンちゃんは震える手で眼鏡をかけ直し、

その論理的な思考回路が完全に停止しているようだった。


私は無理に笑顔を作ったが、背筋を駆け下りる悪寒は、

家路につくまで消えることはなかった。


ダイニングの水槽の中で、エメラルドパファーの稚魚たちが、

そんな私たちをずっと見つめていた。


まるで、この惨劇のすべてを知っているかのように。


――何も言わず、ただ、静かに見つめていた。


それが、この世の何よりも怖いことだと、私は思った。

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どっちが可愛いいの? たんすい @puffer1048

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