第3話 白い毛皮、赤いリボン
「しらたまちゃんに、プレゼントがあるんだ」
いつものように日向ぼこっこをしていた時だった。
朝どこかへ出かけていたルナが、帰ってきてすぐにそんな事を言ってきた。
(──プレゼント?)
口から出るのはもちろん「にゃー」という音だけ。
それでもルナは、こちらの言葉を理解するように、
「そうそう、プレゼント。しらたまちゃんに可愛いリボンを買ってきたんだよ」
(リボンかぁ……ねこに首輪は鉄則だけれど……)
もちろん生まれてこの方、リボンなんて付けることはなかった。
リボンより首輪のほうがマシでは……?そんな意味のない考えが頭によぎる。
じぶんの首につけた姿を想像するが、恥ずかしさでムズムズしてくる。
「しらたまちゃんは似合うと思うなー」
そう言ってルナは赤いリボンを取り出した。
そのリボンはとても発色がよく、そしてきれいな布だ。
(──あれ?)
思わずにゃーと鳴いてしまった。
心のうちに疑問が湧いたからだ。
(……ねこは世界が白黒に見えてるんじゃなかったかな……?)
そんな疑問をよそに、ルナはぼくの首にリボンを優しく巻きはじめる。
「〜〜〜♪」
とても楽しそうだ。
その姿を見ていると疑問なんてすっかり忘れていた。
「しらたまちゃん、はい、できた!」
赤いリボンが首に巻かれた。
少しくすぐったいけれど、ルナが嬉しそうに笑うから、ぼくもなんとなく誇らしい気分になった。
「かわいい……すっごく、かわいいよ」
(そ、そんなに……?)
なんだか居心地が悪くて、思わず顔をそむける。
けれどその瞬間、リボンの端がふわりと視界の端で揺れた。
まるで、何かの印のように。
---
リボンをつけたその日から、近所の人たちに話しかけられるようになった。
もちろんいまだに家からは出れず、窓際でごろごろしているだけだが。
「かわいい猫ちゃんね」「あら、おりこうさんね」
みんな笑っていた。
だけど、ぼくは少しずつ思い出していた。
──人間だった頃、誰にも「かわいい」なんて言われなかった。
──“存在していない”みたいに扱われていた。
だから今、こうして注目されるのが、少し怖かった。
---
(……ぼくは、猫になってよかったんだろうか?)
自分にそう問いかけてしまったその時、ルナが言った。
「ねぇ、しらたまちゃん。いつか一緒にお出かけしようね」
──いつか。
その言葉が、胸の奥にひっかかった。
行けるのかな。ぼくは、ルナとずっといられるのかな。
猫としての命が、どれくらいなのか、ぼくにはわからない。
---
夜、布団の中。
リボンがちりりと揺れて、静かな部屋にわずかな音を立てた。
(この赤いリボンは、ぼくが「ここにいる」って証なのかもしれない)
白い毛皮のぼくに、赤いリボンは少しだけ派手すぎた。
だけど、それを結んでくれた手は、あたたかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます