第4話 吾輩は猫である

吾輩は猫である。名前はもう、ある。しらたまだ。


──なんて、ちょっと文学気取りに始めてみたけど、まぁ、冗談ニャ。


ぼくは、気がついたら猫になっていた。

ふわふわの毛皮と、つぶれそうな肉球。

気ままな昼寝と、ルナの膝の上。


……それだけなら、ただの幸せな猫ライフ。

けれど、時々、思うんだ。


ここって、ほんとうに「日本」なのかな?って。


だって、まず町並みが変なんだよね。

窓の外に見える建物たちは、なんていうか……近代的ってわけでもないし、昭和レトロってわけでもない。

石造りの道、レンガの建物、軒先で乾かされる洗濯物──まるで絵本の中の街みたい。


あとね、ルナは文字が読めない。


最初は「もしかして dyslexia(読み書き障害)なのかな?」とか思ったんだけど、

絵本を読もうとして「あれ、これなに?」って言ったときの様子がね……なんていうか、「字そのものを知らない」って感じだった。


ぼくの目には日本語で書かれてたんだけどね。


しかも、ルナは独り暮らしっぽい。


まだ……たぶん、十四歳くらい?

ちいさな体で、毎日ぼくのごはんを用意してくれて、洗濯して、買い物して──


学校には行っていない。

昼間でも、部屋にいて、宿題をする様子もない。


最初のうちは「親が仕事で遠出してるのかな」と思ってたけど、

気づいたら、もう一週間が経っていた。


食事は1日分を毎日お外から持ってくるし、玄関の靴はひとつだけ。

家の中の家具も、全部ルナひとりだけ。


……ねぇ。


ルナの家、広くて、綺麗で。

でも、どこか冷たい。


家具は揃ってる。生活に困ってる感じじゃない。

だけど、人の気配は……ルナひとりぶんしかないんだ。


(これは、ぼくの勝手な推測かもしれないけど──)


もしかして、ルナは……家族を失って、ひとりで暮らしているんじゃないか?


---


そんなことを考えながら、窓際で日向ぼっこしていたら、

どこからか人の声が聞こえてきた。


「……またあの保護ガキか」

「税金で生かされてるくせに、猫なんか飼ってさ……」


声は小さくて、遠くて、でも、聞こえてしまった。

その瞬間、ぼくの毛がぴんと逆立った。


何気ない町の風景の裏側に、

なにか、どす黒いものがひそんでいる気がした。


---


「しらたまちゃーん、おやつの時間だよ〜!」


ルナの明るい声が、部屋に響く。


ぼくはにゃーと鳴いて、彼女の元へ跳ねた。

赤いリボンが、からんと揺れて、ぼくの存在をこの部屋に知らせる。


ルナの笑顔は、いつもどおり、優しくてあたたかい。


だけど──

その背中が、どこか「ひとりぼっちの匂い」をしている気がしてならない。


そしてぼくは、窓の外をもう一度見た。


この街の空は青い。でも、その下で何かが歪んでいる。


ここは、ぼくの知っていた世界じゃない。

気づいたときにはもう、ぼくたちはその真ん中にいたんだ。


(──でも、今はまだ。それを知らないふりをしよう)


赤いリボンが、ゆらゆらと光に揺れていた。

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