第12話

海馬の後ろを自転車で追いかけること20分。


後姿が何となく春馬くんに似ているのが少し心苦しかったが、どこかの無神経な兄と違って空気は読める奴であることは間違いなかった。


「着きました!」


言われた場所で自転車を止めると、そこには都内にも無数にあるコンビニがぽつんと建っていた。


「ここ?」


「甘い物、ここは多いんですよ!」


なるほど。言われてみたら、海馬はカフェに行くとは一言も言わなかった。甘い物を食べに行くって言ったな。


「学校のすぐ近くのコンビニは、人は多いし甘い物は少ない…。でも、ここはお気に入りなんです!」


詳しいことは分からないが、このコンビニの方面に住んでいる学生はほとんどいないらしい。聞けば、田舎の中でもとりわけ田舎のエリアなんだとか。


「さ、俺の用事に付き合ってもらってるので先輩が好きなの選んでください!」


本当は私が付き合ってもらっているのは分かっている。


「後輩に奢らせるのは悪いよ…。」


「流鏑馬の後輩が入ってきたので新入生歓迎会です。」


彼はニコっと笑った。


「一年のくせに随分と生意気だね…!」


私も思わず笑った。


「じゃ、コーヒーとカルピスどっちがいいです?」


彼はいたずらっぽく聞いてきた。


「カルピス。甘いコーヒーしか飲めないし。」


「じゃあ決定で。」


彼はそう言うとアイスコーナーからホワイトサワー味とかかれたパピコを取り出した。


「これ、実はカルピスじゃないって知ってました?」


そう言ってクスッと笑った彼は会計を済ませるとコンビニを出た。すぐに袋を開けると半分をパキッと割って私に差し出した。


「どうぞ。早くしないと溶けますよ?」


「じゃあ…。お言葉に甘えて。」


パピコを受け取ると二人で駐車場の柵に寄り掛かった。


平日の昼。ど田舎のコンビニ。

客は私たちしかいなければ、道行く車すらいなかった。


一瞬だけ沈黙が流れたが、すぐに彼は口を開いた。


「昨日は、兄がすいませんでした…。あの人、弓の事になると熱くなりすぎるので…。」


「ああ、海馬くんは別に悪くないし。気にしないで。それに私も余計なこと言ったし…。」


次に会ったら、ちゃんと謝らないと。


「海馬くんはいつから気が付いてた?」


とは聞かないでおいた。


「インハイ優勝してるのに弓道やめるなんて、ケガか早気だろうなって…。でも、あの流鏑馬の動きを見ればケガじゃないってすぐにわかりますよ。兄は察しが悪いので昨日まで気が付いていませんでしたけど。」


できるチャラ男って、こういうとき心強い。


「一緒にされたくないかもしれないですが、俺も早気になった時期があったんです。」


「海馬くんが?」


底なしに明るい印象だが、彼も悩むことあるんだ。


「弓の練習していると、いつも兄と比べられるんです。兄は上手いのに弟はそうでもないって。それで、嫌になって…。」


「治ったの?」


「思いきって一度諦めたんです。どうせ兄みたいに上手くはないんだから、自分のために弓を引こうって。」


ケロッと笑い話のように語っているが、当時どれ程辛い思いをしたかは理解しているつもりだ。思わず胸が痛んだ。


「よく『初心に戻れ』って言葉を聞くじゃないですか。弓が引けなくなった時、ここまで物理的に初心に戻されることも珍しいと思って。その時に初めて、弓道が面白いって感じたんです。」


海馬は私が思っていたよりも、ずっと立派な人だ。


「克服しようとしたら、永遠に治らないと思います。でも、早気も楽しんでいたら、いつの間にか治ってました。」


空を見上げながら口元を緩めた。


彼の話を聞いていると、なぜか私にもできるかもしれないと思えるようになった。


「俺もちょうど基礎練習しようと思ってた時期だし、二人で頑張りましょう!」


優しいことを言われたせいで思わず私の目が潤んでしまう。


その瞬間、彼は首をコテっと曲げて私の顔を覗き込んできたので、ふいに目が合ってしまった。


吸い込まれるような黒い瞳だ。


「結月さんが本気出しても、負けませんよ?」



知らず知らずのうちに鼓動が速まった。

まだ、自分に期待しているんだ。

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