第七章:過去と未来の交差、そして最後の誓い

大聖堂での激戦は、カイルたちの想像をはるかに超えるものだった。ゼノスの過去の因縁、そしてクロノスの真の目的が明らかになったことで、戦場は単なる力のぶつかり合いではなく、それぞれの信念と運命が交錯する場と化した。

ゼノスは、かつての故郷を滅ぼした張本人、いや、その事件のキーパーソンが、クロノスの一員として目の前にいることに、激しい怒りと混乱を感じていた。彼のバレットタイムは、怒りによってさらに研ぎ澄まされたかのように、クロノスの時間操作能力をも凌駕する勢いで矢を放った。しかし、ゼノスの因縁の相手は、もはや人間の域を超えた存在であり、時の流れから完全に解き放たれたかのような力で、全ての攻撃を受け流した。

「ゼノス、落ち着いて!感情に流されてはだめだ!」

セレスが叫んだ。彼女の星辰の短剣が、クロノスの部下たちを巧妙に牽制し、ゼノスが因縁の相手に集中できるよう援護していた。セレスは、ゼノスの心の揺れが、彼の能力を不安定にすることを知っていた。彼女の広範囲情報収集魔法は、クロノスのリーダーが、ゼノスの因縁の相手を「新たな時代の礎」と呼んでいることを捉え、彼らが単なる悪党ではない、歪んだ理想を抱いていることを確信させた。

ライラは、自身の古書に記されし魔法と、知識の探求者の能力をフル活用し、大聖堂の床に描かれた紋様を解析していた。彼女は、この場所が「忘れられた誓い」の儀式が本来行われるべき場所であり、クロノスもまた、彼らなりの「新しい時の創造」のための儀式を、この場所で画策していることに気づいた。彼女の杖が光を放ち、大聖堂の壁に、かつての「時の神殿」の守護者たちが、未完の儀式を行っていたであろう光景の残響を映し出した。

カイルは、手にした時の器と、最後の時の欠片が放つ光に導かれ、祭壇へと近づいた。彼の古き契約の剣は、祭壇の紋様と共鳴し、その刀身が強く輝いていた。彼の右目には、過去と未来の映像が激しく交錯し、頭痛を伴うほどの情報が流れ込んでいた。

時の神殿の崩壊の真実。それは、神殿の守護者の中に裏切り者がいたこと。彼らは、時の流れが滞り、世界が緩やかに滅びに向かっている現状を打破するため、「時の神」に頼るのではなく、自らの手で「新しい時」を創造しようとしたのだ。しかし、その方法は、世界全体の時間の流れを強制的にリセットし、多くの命を犠牲にするものだった。そして、ゼノスの故郷はその実験台とされ、悲劇が起こった。クロノスは、その裏切り者の子孫たちが結成した組織であり、「新しい時」を創造するという先祖の悲願を達成しようとしていた。

カイルは、その恐ろしい真実に打ち震えた。彼らは、世界を救うのではなく、世界を「破壊して再構築」しようとしていたのだ。

「止めなければ…!」

カイルは、祭壇に最後の時の欠片を置いた。すると、大聖堂全体が光に包まれ、床に描かれた紋様が、強力な魔力を帯びて輝き始めた。それは、「忘れられた誓い」の儀式を活性化させるための、最初の段階だった。

クロノスのリーダーは、カイルの行動を見て、激しく動揺した。

「止めろ!その儀式は、世界を破滅させる!」

彼の言葉に、カイルは反論した。

「破滅させるのは、あなたたちの企みの方だ!世界を『破壊して再構築』するなど、許されることではない!」

その時、ゼノスの因縁の相手が、カイルへと向かってきた。彼は、自身の時間を完全に停止させ、カイルの目の前に一瞬で現れた。彼の表情は、相変わらず無感情だったが、その瞳の奥には、狂信的なまでの信念が宿っていた。

「愚かな。我々こそが、世界を救うのだ。貴様は、その邪魔をするな」

男は、カイルに手を伸ばした。その手から放たれる時間停止の力に、カイルの動きが封じられそうになる。

しかし、その瞬間、ゼノスが咆哮を上げた。彼の両刃斧が、男の腕に深く突き刺さった。男は、初めて苦痛に顔を歪ませた。

「貴様…!」

「俺の故郷を…返せ…!」

ゼノスは、涙と怒りで顔を歪ませながら、渾身の力を込めて斧を振るった。彼の斧は、男の時間停止の力を、わずかながらも打ち破るほどの執念を帯びていた。それは、ゼノスの悲しみと、故郷への思いが、物理的な力を超えて、男の心の隙間を突いたかのようだった。

男は、ゼノスの一撃で、その時間操作の力が一時的に弱まった。その隙を見逃さず、セレスが囁きの刃で男の背後に回り込み、ライラが時の縛鎖で男の動きを完全に封じた。

「今よ、カイル!儀式を完成させて!」

ライラが叫んだ。

カイルは、祭壇に全ての時の欠片を並べた。そして、古き契約の剣を天に掲げた。剣は、集められた全ての時の欠片と共鳴し、眩い光を放ち始めた。その光は、大聖堂全体を満たし、壁に映し出されていた過去の残響と、一つに溶け合っていく。

カイルは、剣を祭壇に突き刺した。

その瞬間、大聖堂全体が激しく揺れ動き、祭壇から放たれた光が、大聖堂の天井を突き破り、空へと昇っていった。その光は、歪んでいた時の流れを修正するかのように、世界中に広がり始めた。

クロノスの者たちは、その光を浴び、苦しみ出した。彼らの時間操作能力が、徐々に弱まっていくのが見て取れた。彼らが創造しようとしていた「新しい時」は、この光によって、打ち砕かれたのだ。

そして、カイルの視界に、新たな映像が流れ込んできた。

時の流れが正常に戻っていく光景。失われた命が、時間の螺旋から解放され、安らかな光へと還っていく。そして、崩壊した時の神殿が、再びその輝きを取り戻していく…それは、世界が本来あるべき姿へと戻っていく、未来の光景だった。

光が収まると、大聖堂の静寂が戻った。クロノスの者たちは、力を失い、その場に倒れ伏していた。ゼノスの因縁の相手もまた、その顔から狂信的な表情が消え、深い疲労の表情を浮かべていた。彼は、ゼノスに一瞥をくれ、ゆっくりと目を閉じた。

カイルは、祭壇から古き契約の剣を引き抜いた。剣は、その役目を終えたかのように、普段の鈍い輝きに戻っていた。そして、時の器もまた、ただの美しい装飾品として、彼の掌で静かに輝いていた。

「終わった…」

ライラが、安堵の息を漏らした。彼女の古文書は、全ての謎が解き明かされたかのように、静かに閉じられた。

セレスは、クロノスのリーダーに近づき、彼の襟首を掴んだ。

「貴様らが隠していた、真の『情報』はどこだ?私の仲間が、なぜ死んだのか…!」

セレスの瞳には、過去の悲しみと、怒りが入り混じっていた。リーダーは、力なく首を振った。

「我々は…ただ、世界を救いたかっただけだ…」

その時、ゼノスがゆっくりと立ち上がり、因縁の相手の元へと歩み寄った。彼は、怒りに燃えていたはずの瞳に、複雑な感情を宿していた。

「お前は…本当に、あの時の…」

ゼノスの言葉に、男はゆっくりと目を開いた。彼の瞳には、もはや憎しみはなく、ただ虚ろな光が宿っていた。

「ゼノス…我々は、間違っていたのかもしれない。しかし、この世界は…」

男は、そこまで言うと、力尽きたかのように再び目を閉じた。ゼノスは、彼の言葉に、複雑な表情を浮かべた。彼の復讐心は、報われることのないまま、彼の心の中に深い傷跡を残した。しかし、彼の故郷の悲劇の真実が明らかになったことで、彼の心は、わずかながらも解放されたように見えた。

カイルは、ゼノスに近づき、そっと肩を叩いた。

「これで…故郷も、きっと安らぐはずだ」

ゼノスは、カイルの言葉に、ゆっくりと頷いた。彼の瞳には、新たな希望の光が宿っていた。彼は、今、未来へと歩み出すための、新たな一歩を踏み出したのだ。

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