第六章:クロノスの影、そして隠された真実

カイルたちが二つ目の時の欠片を手に入れ、忘れられた誓いと、ゼノスの過去が繋がり始めたことで、彼らの旅の目的は、より明確になっていた。しかし、クロノスの追跡は、ますます激しさを増していった。彼らは、カイルが手にした「時の器」と、集め始めた「時の欠片」を狙って、あらゆる手段を使って迫ってきた。

セレスは、持ち前の情報収集能力と幻惑の舞を駆使して、クロノスの動きを先読みし、彼らを翻弄した。しかし、彼らの追跡術は巧妙で、時の縛鎖や、時間加速といった能力を使うため、逃げ切るのが困難な場面も増えていた。

「奴ら、本気で来てるわ。おそらく、私たちが次の時の欠片の場所を特定したと踏んでるんでしょうね」

セレスが焦りの色を見せながら言った。

ライラは、新たな時の欠片から得られた情報と、自身の古文書の知識を照らし合わせ、次の目的地を特定した。それは、遥か北方に位置する、凍てついた山脈の奥深くにある、かつて「時の神殿」の最も重要な儀式が行われたとされる「時の大聖堂」だった。そこには、最後の「時の欠片」が隠されている可能性が高いという。

しかし、その道は、これまで以上に危険で、クロノスの本拠地に近い場所でもあった。

「時の大聖堂は、クロノスの最も重要な拠点の一つよ。そこに乗り込むのは、自殺行為に近いわ」

セレスが眉をひそめて言った。彼女の顔には、過去の経験から来るであろう、クロノスに対する強い警戒心と、わずかな恐怖が見て取れた。

「でも、そこに行かなければ、最後の時の欠片は手に入らない。そして、忘れられた誓いの儀式も完成しない」

ライラは、固い決意の表情で言った。彼女の知識の探求者としての使命感が、彼女を突き動かしていた。

ゼノスは、黙って彼らの会話を聞いていたが、やがて重々しく口を開いた。

「…俺は行く。俺の故郷の悲劇の真実が、そこにあるかもしれない」

彼の瞳には、過去の悲劇を乗り越えようとする、強い意志が宿っていた。カイルは、仲間たちの決意を見て、自身の使命感を新たにした。彼が持つ時の器と古き契約の剣が、自分たちをそこへ導いているのだと信じていた。

凍てついた山脈の旅は、過酷を極めた。吹雪が彼らの行く手を阻み、魔物たちが彼らを襲った。しかし、ゼノスのバレットタイムと弓の腕前は、ここでも大いに役立った。彼は、吹雪の中でさえ、狙いを外すことなく、魔物たちを次々と仕留めていった。彼の自然の声は、雪崩の危険や、隠れた通路を見つける上で、貴重なものだった。

やがて、彼らは山脈の最も奥深い場所に、巨大な氷に閉ざされた、荘厳な建築物を見つけた。それが、「時の大聖堂」だった。その威容は、かつての「時の神殿」の栄光を偲ばせるものだった。

大聖堂の内部は、静寂に包まれていた。しかし、その静寂は、不気味なほどの重圧を伴っていた。床には、複雑な紋様が描かれ、中央には巨大な祭壇があった。そして、その祭壇の上に、最後の時の欠片が光を放っていた。それは、これまで手に入れたものとは比べ物にならないほど大きく、神聖な輝きを放っていた。

「あれが、最後の欠片…!」

ライラが興奮した声で呟いた。彼女の古文書が、時の欠片に反応して、微かに振動していた。

しかし、その時、大聖堂の奥から、複数の足音が響いてきた。

「よくここまで辿り着いたな、時の器を持つ者よ」

クロノスのリーダーが、数人の部下を引き連れて現れた。彼の背後には、彼らよりもさらに強力な、時間の歪みを持つ者が控えていた。その男の顔には、古傷があり、どこか見覚えのあるような気がした。

「時の器と、お前たちが集めた欠片は、我々がいただく」

リーダーの言葉に、カイルは剣を構えた。セレスとライラもまた、戦闘態勢に入った。ゼノスは、無言で弓に矢を番え、リーダーの後ろに控える男に、鋭い視線を向けた。彼のバレットタイムが、無意識のうちに発動しようとしているかのように、彼の周りの空気が微かに揺らいでいた。

「無駄な抵抗はやめろ。お前たちに、我々の力を止めることなどできない」

リーダーはそう言いながら、時間を歪ませる魔法を放ってきた。その魔法は、空間そのものを歪ませ、カイルたちの動きを封じようとする。

しかし、カイルの古き契約の剣が、その魔法を打ち破った。彼の右目には、クロノスの魔法の軌跡と、その中に隠された隙間が見えていたのだ。

戦闘が始まった。クロノスの者たちは、時間加速、時間停止、そして時間を巻き戻すといった、様々な時間操作の能力を駆使して、カイルたちに襲いかかった。

セレスは、囁きの刃でクロノスの動きを撹乱し、広範囲情報収集魔法で彼らの次の手を予測した。ライラは、時の縛鎖で敵の動きを鈍らせ、カイルとゼノスに攻撃の機会を与えた。

そして、ゼノスは、その真価を発揮した。彼は、バレットタイムを発動させ、クロノスの高速な動きをスローモーションのように捉えた。そして、正確無比な矢を放ち、彼らの弱点を次々と射抜いた。彼の矢は、ただの物理的な攻撃ではなく、時間操作の魔法を打ち破るかのような、不思議な力を持っていた。

しかし、クロノスのリーダーの後ろに控えていた男は、これまで戦ってきた敵とは明らかにレベルが違った。彼の時間操作能力は、ゼノスのバレットタイムさえも凌駕するかのようだった。彼は、自身の周囲の時間を完全に停止させ、カイルたちの攻撃を全て無効化する。

「無駄だ。私に、時の流れは通用しない」

その男の声は、どこか凍てついた響きを持っていた。カイルは、その男の顔をどこかで見たことがあるような、奇妙な既視感を覚えた。

その時、ゼノスが、その男の顔を食い入るように見つめ、目を見開いた。彼の顔から、血の気が引いていく。

「お前…まさか…!」

ゼノスの声は、震えていた。その男は、ゼノスのかつての故郷を襲った悲劇の中で、失われたはずの人物…ゼノスにとって、かけがえのない存在だった。

「お前は…なぜ、ここに…そして、なぜ、クロノスに…!」

ゼノスは、感情を露わにして叫んだ。彼の心には、怒り、悲しみ、そして深い困惑が渦巻いていた。

男は、無感情な表情でゼノスを見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「ゼノス…貴様が生きていたとはな。あの時、貴様も共に朽ちるべきだったのだ」

その言葉に、ゼノスは激しい衝撃を受けた。彼が、長年探し求めていた真実、彼の故郷を襲った悲劇の張本人、あるいはその鍵を握る人物が、目の前にいたのだ。

「貴様…お前が、あの時…!」

ゼノスは、怒りに燃える瞳で男を睨みつけ、長弓に最後の力を込めて矢を番えた。彼のバレットタイムが、限界を超えて発動する。周囲の時間が、ほとんど停止しているかのように見えた。彼は、その全ての力を込めて、男の心臓を狙い、矢を放った。

しかし、男は、その矢を、まるで静止しているかのように手のひらで受け止めた。彼の掌からは、時間を完全に停止させるかのような、恐ろしい力が放たれていた。

「無駄だ。時の流れから解き放たれた私に、貴様の攻撃は届かん」

男はそう言い放つと、ゼノスの持つ両刃斧と、彼の身につけている装飾品を、意味深長な目で見つめた。

「貴様の持つその斧…そして、その紋様。懐かしいな。それは、かつて時の神殿の守護者たちが身につけていたもの。貴様も、時の神殿の血を引く者か」

男の言葉に、ゼノスは愕然とした。彼自身も知らなかった、自身の血筋と、時の神殿との繋がり。それは、彼の過去の悲劇が、時の神殿の崩壊と、より深く絡み合っていたことを示唆していた。

「時の器を持つ者よ、そして時の神殿の末裔よ。我々は、時の神殿の崩壊の真の目的を達成する。世界を、新たな時へと導くために!」

クロノスのリーダーは、高らかに宣言した。彼の言葉は、彼らが単なる破壊者ではなく、何らかの信念に基づいていることを示していた。彼らは、「忘れられた誓い」の儀式を阻止し、彼らなりの「新しい時」を創造しようとしているのだ。

カイルは、クロノスの真の目的を知り、戦慄した。彼らの行動は、ただの悪ではなく、歪んだ正義に基づいて行われている。

ゼノスの心は、怒りと、目の前の真実に打ちひしがれていた。彼が、長年背負ってきた悲劇の重みが、今、目の前で明らかになったのだ。

「こんな…!こんなはずがない…!」

ゼノスは膝をつき、絶望に打ちひしがれた。彼の心は、復讐心と、真実の重みに引き裂かれそうになっていた。

ライラは、ゼノスの苦しみに寄り添いながらも、自身の古文書に隠された、さらなる真実の断片を探していた。セレスは、クロノスの真の目的を探るために、彼らの言葉の裏に隠された意味を、必死に読み取ろうとしていた。

カイルは、最後の「時の欠片」を手に、静かに立ち上がった。彼の時の器が、これまでで最も強く輝いている。彼の右目には、クロノスの真の目的、そして「忘れられた誓い」の儀式が、世界の命運を分ける最後の戦いになる未来が、鮮明に見えていた。

この戦いは、それぞれの過去と、世界の未来を賭けた、最後の局面へと突入しようとしていた。

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