第五章:時の欠片の試練と、明かされる過去

ゼノスが加わったことで、カイルたちの旅は、より安全で効率的になった。ゼノスの自然の声は、危険を察知し、追手の接近をいち早く知らせてくれた。彼のバレットタイムは、戦闘においては圧倒的な力を発揮し、クロノスの追手を撃退する上で、幾度も彼らを救った。カイルは、ゼノスの能力を見るたびに、彼の過去と「時の欠片」との関連性を、より強く感じるようになっていた。

彼らが目指していたのは、ライラの古地図に記された、かつて「時の神殿」の末裔が暮らしていたとされる、人里離れた隠れ里だった。ライラ曰く、そこに次の時の欠片が隠されている可能性が高いという。

隠れ里へ続く道は、険しい山岳地帯を越える必要があった。岩肌がむき出しになった危険な道が続き、ライラが疲労の色を見せ始めた。

「ごめんなさい…もう少し…」

息を切らしながらライラが言うと、ゼノスは無言で彼女の荷物の一部を持ってやった。彼の無愛想な優しさに、ライラは少し驚いたような顔をした。セレスは、そんな二人の様子を、面白そうに眺めていた。

数日後、彼らはついに隠れ里の入り口へとたどり着いた。しかし、里は既に廃墟と化しており、風化した家屋の残骸と、苔むした石碑が寂しく並んでいた。

「やはり、ここも…」

ライラが悲しげに呟いた。しかし、カイルの時の器が、再び強く光を放ち始めた。その光は、里の中央にある、巨大な石碑へと導いていた。

石碑に近づくと、その表面に複雑な紋様が刻まれているのが見えた。ライラは、その紋様を目にするなり、興奮したように古文書を取り出した。

「これよ!この紋様は、まさに『時の神殿』の…!この石碑の下に、時の欠片が眠っているはずだわ!」

ライラはそう叫ぶと、石碑の紋様を熱心に調べ始めた。その時、ゼノスが急に顔色を変え、周囲を警戒するように斧を構えた。

「…来るぞ。これまでで一番の…」

ゼノスの言葉を待たずして、地面が激しく揺れ、石碑の奥から、巨大な魔物が姿を現した。それは、全身を時間の歪みで覆われたかのような、異形の存在だった。その魔物の咆哮が、里全体に響き渡った。

「これは…時の欠片に、歪められた魔物…!」

ライラが顔を青ざめさせて叫んだ。その魔物の出現は、彼らが追っている「時の欠片」が、ただの力ではないことを示唆していた。

「時間を歪める力を持ってる…気をつけろ!」

セレスが叫び、星辰の短剣を構えた。魔物の攻撃は、時間の流れを一時的に停止させたり、加速させたりするため、非常に厄介だった。カイルは、古き契約の剣を振るい、魔物の攻撃の軌道を予知しようとするが、その歪みはこれまでで最も大きく、彼の目も混乱し始めていた。

ゼノスは、素早く長弓を取り出し、矢を番えた。彼のバレットタイムが発動し、周囲の時間がゆっくりになった。魔物の動きが、彼にはスローモーションのように見えた。彼は冷静に魔物の弱点を狙い、矢を放つ。矢は正確に魔物の鱗の隙間を射抜いたが、魔物は怯むことなく、咆哮を上げた。

「効かない…!」

カイルが叫ぶ。魔物の体表は、時間操作によって絶えず変形しており、通常の攻撃ではダメージを与えられないようだった。

「奴の核を狙うんだ!中心にある、最も歪んでいる部分…それが、奴の力の源だ!」

ライラが、古文書の知識を呼び出しながら叫んだ。彼女の杖が光を放ち、魔物の体の一部分を照らし出した。その場所は、時間の流れが最も激しく歪んでおり、肉眼でもその異常さが分かるほどだった。

ゼノスは、その核を狙い、再び弓を引き絞った。バレットタイムの中、彼は完璧な軌道を計算する。しかし、魔物もまた、自身の歪んだ時間操作で、ゼノスの集中を乱そうとしてきた。

その時、カイルの時の器が、これまでになく強く光り輝いた。その光は、カイルの古き契約の剣へと流れ込み、剣の刀身が青白い光を放ち始めた。カイルの右目の視界が、これまで以上に鮮明になった。彼は、魔物の核の周りに、無数の過去の攻撃の残像と、未来のわずかな隙間が見えるようになった。

「これだ…!」

カイルは、剣を構え、魔物の核へと飛び込んだ。彼の剣は、時間を断ち切るかのように、魔物の歪んだ防御を突破し、核へと深く突き刺さった。

魔物は、断末魔の叫びを上げ、その巨大な体が時間の粒子となって崩れ去っていった。魔物が消滅した場所には、眩い光を放つ、もう一つの時の欠片が残されていた。それは、小さな水晶の塊で、その内部には時間の流れが封じ込められているかのように見えた。

カイルは、ゆっくりとその時の欠片に手を伸ばした。すると、彼の頭の中に、新たな映像が流れ込んできた。

古びた巻物。そこに書かれた、見慣れない文字。そして、幾人かの人影が、誓いを交わす光景。彼らは、時の神殿の守護者たちだった。その誓いの内容は、世界を救うための、ある「儀式」に関するものだった。しかし、その儀式は、神殿崩壊の直前に、何者かによって妨害され、未完のまま終わってしまった…

カイルは、目眩と共に膝をついた。今回の情報は、以前よりもはるかに明確で、具体的なものだった。ライラが言っていた「忘れられた誓い」とは、この未完の儀式のことなのかもしれない。

セレスとライラが、カイルに駆け寄った。ゼノスもまた、静かに彼らを見守っていた。

「大丈夫?カイル、何か見えたの?」

セレスが心配そうに尋ねた。カイルは、見たものを全て二人に伝えた。ライラは、カイルの話に興奮を隠せない様子だった。

「儀式…!やはり、その古文書に書かれていたことは、真実だったのね!未完の儀式を完成させれば、時の流れを正常に戻すことができるかもしれない!」

ライラは、興奮して持っていた古文書をめくった。その中には、カイルが見た紋様と似たものが描かれていた。彼女の知識の探求者の能力が、さらなる情報を引き出そうとしているかのようだった。

その時、ゼノスが静かに口を開いた。彼の声には、いつもの無愛想さに加えて、どこか苦しみが滲んでいるようだった。

「…儀式、か」

ゼノスの言葉に、カイルたちは彼の方を向いた。ゼノスの表情は硬く、彼の瞳には、遠い過去の記憶が映し出されているかのようだった。

「俺は…昔、似たような光景を見たことがある…」

ゼノスは、ゆっくりと語り始めた。

「俺の故郷は、時間の神殿の恩恵を受けて栄えていた。だが、ある日、時間の流れが狂い始め、人々は次々と時間を失っていった。急激な老化、あるいは幼い姿への退行…村は地獄と化した」

ゼノスの声は、震えていた。カイルは、彼の胸に募る深い悲しみを感じ取った。

「その時…時の神殿の守護者たちが、ある儀式を行おうとしていた。それは、時間を元に戻すための、最後の希望だった。しかし、その儀式は…何者かによって妨害され、失敗に終わった」

ゼノスの顔には、深い絶望と、言いようのない後悔の念が浮かんでいた。彼のバレットタイムという能力が、実はその時の影響で生まれたものであることが、その言葉から示唆された。彼は、その悲劇の中で、極限の集中力を発揮し、一瞬、時間の流れから解き放たれる体験をしたのかもしれない。

「俺は…その失敗のせいで、全てを失った。家族も、故郷も…」

ゼノスの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。普段、多くを語らない彼が、ここまで自身の過去を打ち明けたことに、カイルとセレス、ライラは言葉を失った。

「クロノスは、その時の神殿を崩壊させた者たちなのか…?」

セレスが、絞り出すように尋ねた。ゼノスは、首を横に振った。

「…それは分からない。だが、俺の故郷を襲った悲劇が、クロノスと繋がっている可能性は十分にある。俺は、その真実を知りたい。そして…もし、この儀式が、俺の故郷を救う唯一の方法だったのなら…」

ゼノスの瞳に、新たな決意の光が宿った。彼は、カイルが持つ「時の欠片」と「忘れられた誓い」の謎に、自身の悲劇的な過去の答えを求めているのだ。彼が追っていた「獲物」とは、真実そのものだったのかもしれない。

ライラは、ゼノスの話に深く頷いた。

「必ず、真実を突き止めましょう。そして、この儀式を完成させましょう。それが、過去の悲劇を乗り越え、未来を切り開く唯一の方法だわ」

カイルは、ゼノスの肩にそっと手を置いた。彼の持つ「時の器」は、ゼノスの過去と、自身の使命が、深く絡み合っていることを示していた。彼らの旅は、単なる謎解きではなく、失われた過去を取り戻し、未来を紡ぐための、壮大な物語へと変貌を遂げようとしていた。

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