第三章:古文書に眠る知識とライラの登場
セレスの導きで、カイルは「囁きの灯り亭」を後にした。セレスは町の路地裏を熟知しており、巧みに人目を避けながら、彼を人気のない裏道へと誘った。カイルは彼女の機敏な動きに驚きながらも、その頼もしさを感じていた。
「クロノスは、町の主要な出入り口を見張っているはずよ。彼らは、時間操作の力を利用して、対象を見つけるのが得意だから、油断はできないわ」
セレスはそう説明しながら、周囲の気配に常に注意を払っていた。彼女の星辰の短剣は、いつでも抜けるように腰に携えられている。カイルもまた、古き契約の剣の柄に手を置き、緊張感を保っていた。
町を抜け、カイルとセレスは、古びた街道を北へと進んでいた。彼らの目的地は、この地域で最も古いとされる図書館がある、学術都市「アルカディア」だった。セレス曰く、「時の神殿」に関する最も古い記録が、そこにあるかもしれないというのだ。
数日間の旅路は、カイルにとって初めての経験の連続だった。セレスは、森の中での野営の仕方や、追手の目を欺く方法など、様々な知恵を教えてくれた。彼女は、情報屋としてだけでなく、サバイバルの達人でもあった。夜、焚き火を囲みながら、カイルはセレスに尋ねた。
「セレスは…どうしてそこまで『クロノス』に詳しいんだ?彼らと何かあったのか?」
カイルの問いに、セレスは一瞬、言葉を詰まらせた。彼女の表情は、暗闇の中でフードに隠れて見えないが、その場の空気がわずかに重くなったように感じられた。
「…私には、過去にクロノスのせいで、全てを失った仲間がいるの。だから、彼らの企みを阻止したい。それだけよ」
セレスの声には、それまでの軽やかさがなく、深い悲しみがにじんでいた。彼女の言う「情報」とは、その仲間の仇を討つためのものなのかもしれない。カイルはそれ以上、何も聞かなかった。セレスの過去に、彼がまだ触れるべきではない、重い事実があることを察したからだ。
やがて、アルカディアの街並みが視界に入ってきた。荘厳な石造りの建築物が立ち並び、学問の都にふさわしい、静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。街の中心には、巨大なドーム型の屋根を持つ建物が見えた。それが、この世界の知識の宝庫、アルカディア大図書館だった。
図書館の内部は、天井まで届くほどの書架が所狭しと並び、何万冊もの書物が収められていた。カイルは、その膨大な知識の量に圧倒された。ここには、彼が知りたい全ての答えが隠されているかもしれない。
「時の神殿に関する古い記録は、図書館の最奥にある『禁書庫』に保管されているはずよ。でも、そこに入れるのは、特別に許可された学者だけ。私たちには無理ね」
セレスはそう言いながら、図書館の受付の様子を伺っていた。しかし、彼女の視線は、受付の奥にある、一人の女性に釘付けになった。
その女性は、背の高い書架の陰に隠れるようにして、分厚い古文書を熱心に読み耽っていた。年の頃はカイルたちとさほど変わらないように見えるが、纏う雰囲気は明らかに異なっていた。彼女の周りだけ、時間がゆっくり流れているかのように静かで、知的なオーラを放っていた。
「ライラ…!」
セレスが小さく呟いた。カイルは、彼女がその女性を知っていることに驚いた。
「知り合いなのか?」
カイルの問いに、セレスは頷いた。
「ええ。彼女はライラ。この図書館でも有数の、古文書の研究者よ。特に、古代文明や、失われた魔法に関する知識に長けている。彼女なら、時の神殿について何か知っているかもしれないわ」
セレスは、ライラに近づいていった。ライラは、セレスの姿を見ると、驚いたように顔を上げた。その目は、少しばかり疲れているように見えたが、知的な輝きを失っていなかった。
「セレス!こんな所で会うなんて…どうしたの?」
ライラの声は、書物から知識を吸収してきたかのように静かで、それでいて芯が通っていた。
「少し、困ったことがあってね。あなたの知識を借りたいの。この男が持っている、これを見てくれる?」
セレスはそう言って、カイルが隠し持っていた時の器を、ライラに見せた。ライラは、その装飾品を見るなり、目を大きく見開いた。彼女の手から、読んでいた古文書が滑り落ちる。
「これは…!まさか、『時の器』…?なぜ、あなたがこれを持っているの?」
ライラは興奮した様子で、時の器に手を伸ばそうとした。カイルは、彼女の反応に、この人物が本物だと確信した。
カイルは、リーヴェ村の祠で起こったこと、時の器が光を放ち「忘れられた誓い」という言葉を伝えたこと、そしてクロノスに追われていることを、ライラに簡潔に説明した。ライラは、彼の話を聞きながら、時折、唸り声を上げたり、持っていた杖をぎゅっと握りしめたりしていた。彼女の杖は、見た目には簡素だが、先端に古めかしい文字が彫り込まれており、魔力の流れを感じさせるものだった。
「…やはり…あの書物に記されていたことは、真実だったのね…!」
ライラは、興奮を抑えきれない様子で、カイルの目を見つめた。
「あなたが見た、時の神殿の崩壊の残像…それは、単なる幻ではないわ。それは、過去の出来事の残響よ。そして、この『時の器』は、その残響を増幅させ、過去の真実を明らかにする鍵になるわ」
ライラは、自身の研究で培ってきた膨大な知識を、堰を切ったように話し始めた。彼女の言葉は、カイルが漠然と感じていた不安や疑問を、次々と明確な形に変えていった。
「時の神殿は、時を司る神々から与えられた力を持つ、聖なる場所だった。しかし、遥か昔、何者かによってその均衡が破られ、神殿は崩壊し、時の流れが乱れた。その結果、世界中に**『時の欠片』**が散らばり、一部の者たちが時間を操る能力を得た。しかし、その力は…時に、使用者を狂わせる」
ライラは、自身の知識を示すかのように、杖から微かな光を放った。それは、まるで古文書のページが魔法のように開かれるかのようだった。
「『忘れられた誓い』…それは、時の神殿が崩壊する直前に、神殿の守護者たちが交わしたとされる、最後の誓いのことよ。その内容は、歴史の闇に葬られてしまったけれど、もしそれが真実なら、世界の破滅を食い止める唯一の希望となるはず」
ライラは、そう言いながら、自身の古書に記されし魔法について語った。彼女の魔法は、古文書の知識を呼び出し、それを現実世界に干渉させるものだった。
「私の研究では、この『忘れられた誓い』が記された、最後の古文書がまだどこかに残されているはずだとされているわ。そして、その古文書を見つけるには、散らばった『時の欠片』を辿る必要がある…まるでパズルのようにね」
彼女の言葉に、カイルは未来への道筋が見えたような気がした。
「協力してほしい。その古文書を見つけるために」
カイルがそう言うと、ライラは迷うことなく頷いた。
「ええ、もちろんよ!この謎を解き明かすことは、私の長年の夢だったわ。それに…クロノスも、その最後の古文書を狙っているはず。彼らの手に渡れば、世界は取り返しのつかないことになるわ」
ライラは、クロノスの脅威についても認識していた。彼女の言葉には、知的な好奇心だけでなく、世界を守ろうとする強い意志が感じられた。
「彼らの追手から身を守るためにも、あなたのその剣と、セレスの腕が必要になるわね」
ライラは、セレスとカイルを交互に見て、力強く言った。セレスもまた、ライラの決意に、満足げに頷いていた。
こうして、カイル、セレス、ライラの三人は、それぞれの目的と秘められた背景を抱えながら、時を巡る壮大な旅へと足を踏み出すことになった。彼らの目の前には、未だ見ぬ「時の欠片」と、歴史の闇に隠された「忘れられた誓い」の真実が待っていた。そして、彼らの旅は、単なる知識の探求に留まらず、自身の過去と向き合い、未来を切り開くための試練となるだろう。
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