第二章:情報屋セレスとの邂逅
リーヴェ村を出たカイルは、森の中の細い道をひたすら歩き続けていた。手にした装飾品は、時折、彼が向かうべき方向を示すかのように、微かに光を放つ。その光は、彼が右目に見る「時間の歪み」と呼応し、まるで道標のようだった。カイルの心には、故郷を離れた寂しさよりも、未知なるものへの探求心と、得体の知れない使命感が募っていた。
「時の欠片…忘れられた誓い…」
祠で聞いた言葉を反芻する。彼の剣が、この言葉に反応して微かに震えたことも、忘れられない。剣と装飾品、そして彼の目。これらが全て繋がっているとすれば、彼は何かしらの大きな運命の渦中にいるのではないか。
森を抜けると、道は徐々に広くなり、やがて小さな町へと繋がっていた。リーヴェ村とは違い、活気に満ちたその町は、旅立つカイルにとって、希望と同時に、警戒心を抱かせる場所でもあった。彼はまず、情報収集のために、人々が多く集まる場所、特に酒場へと向かうことにした。
町の中心にある「囁きの灯り亭」は、名の通り、常にざわめきと笑い声に満ちていた。カイルは隅の席に座り、出されたエールをゆっくりと飲んだ。周りの客たちの会話に耳を傾ける。しかし、彼が聞きたい「時の欠片」や「時の神殿」に関する情報は、全く耳に入ってこなかった。誰もが日常の些細な出来事や、他愛のない噂話に興じている。
その時、店の奥から、カイルの席の近くへと一人の女性がやってきた。彼女はしなやかな体つきで、動きの一つ一つが洗練されている。深いフードで顔を隠しているが、時折見える瞳は鋭く、知性に満ちていた。彼女がカイルの隣の席に座ると、微かな香水の香りが漂った。
「旅のお方、お困りのようね」
突然、彼女が声をかけてきた。その声は、囁くように静かだが、どこか人を惹きつける響きを持っていた。カイルは驚き、彼女の顔を改めて見た。フードの奥から、片方の唇が微かに笑みの形を作っているのが見えた。
「なぜ、そう思う?」
カイルが尋ねると、彼女はふっと笑った。
「あなたの瞳が、何かを探しているから。それに、見慣れない剣と、その腰にある、奇妙な…装飾品」
彼女の言葉に、カイルは内心で驚愕した。特に「装飾品」を指摘されたことに。彼は装飾品を服の中に隠していたはずだった。この女性は一体何者なのか。
「私はセレス。情報屋よ。この町では、私の耳に入らない噂は、ほとんどないわ」
セレスはそう名乗り、テーブルの上に小さな革袋を置いた。袋の中からは、きらめく銀貨の音がした。
「あなたは何か、特別な情報を探しているようね。もし、それが私にとって価値のあるものなら、手助けできるかもしれないわ」
カイルは迷った。彼女の素性も知らずに、祠で起こったことや、自分が狙われている可能性があることを話すべきか。しかし、彼女の「装飾品」に対する反応と、その情報屋という肩書きが、カイルの好奇心を強く刺激した。彼は、この女性が自分の知りたいことに繋がるかもしれないという直感を信じることにした。
「…時の欠片、そして時の神殿について知りたい」
カイルが答えると、セレスの表情が微かに固まったように見えた。しかし、すぐにいつもの落ち着きを取り戻し、彼女はカップを手に取った。
「ほう…随分と珍しいものを探しているのね。それは、多くの者が関わりたがらない、厄介な話よ」
彼女はそう言いながら、カイルの目をじっと見つめた。その視線は、カイルの心の奥底を見透かすかのようだった。セレスは、自身の星辰の短剣に刻まれた微かな紋様を、意識的か無意識にか指でなぞった。
「その情報には、相応の対価が必要よ。金貨一枚で、その言葉の重みに見合う情報を引き出せるとは思わないことね」
「金なら…」
カイルは、村を出る際に持ってきたわずかな金貨の入った袋を懐から取り出そうとした。だが、セレスは首を横に振った。
「金じゃないわ。私が欲しいのは、情報。特に、あなたが持っている、その装飾品について、もう少し詳しく聞かせてもらうわ」
セレスの言葉に、カイルは再び驚いた。彼女は、装飾品が単なる飾りではないことを、既に察しているようだった。彼は、もはや隠し立てする意味がないと感じ、祠で起こったこと、そして装飾品が光を放ち、彼に「忘れられた誓い」という言葉を伝えたことを、できる限り詳細に話した。
カイルの話を聞く間、セレスは一切の口を挟まず、ただ静かに耳を傾けていた。彼女の表情は読み取れなかったが、その視線は、彼の話の細部にまで集中しているのが分かった。特に、カイルが「時の歪み」を見る能力について話した時、彼女の瞳の奥で、何かがきらめいたように見えた。
話が終わると、セレスは大きくため息をついた。
「なるほど…思ったよりも、深い話になりそうね。その装飾品は…**『時の器』**と呼ばれていたものの一つのようね」
セレスの言葉に、カイルは驚いて身を乗り出した。「時の器」という言葉は、彼が手にした装飾品の真の名称を示すものだった。
「『時の器』は、かつて時の神殿が栄えていた頃、時の流れを安定させるために使われていた聖なる道具よ。それが神殿の崩壊と共に失われたとされている。まさか、まだ残っていたなんて…しかも、あなたのような特別な目を持つ者の手に渡るとはね」
セレスは、意味深な笑みを浮かべた。
「あのね、カイル。あなたが追い求めているものは、とても危険なものよ。時の欠片は、強大な力を持つと同時に、使用者を蝕む毒にもなる。そして、時の神殿の崩壊の裏には、もっと大きな真実が隠されているわ。それを知ろうとする者、そして『時の器』を手にした者は、必ず狙われる」
彼女の言葉は、祠で彼を追ってきた黒い外套の男たちの存在を裏付けるものだった。カイルの胸に、新たな緊張が走る。
「では、あの男たちは…」
「おそらく、クロノスの者たちね。彼らは、時の欠片を独占し、時間を操る力を手に入れようとしている組織よ。彼らは非常に執念深く、目的のためなら手段を選ばない」
セレスは、そう言いながら、テーブルの下で自分の星辰の短剣を握りしめているのが、カイルには見えた。彼女もまた、この「クロノス」という組織と、何らかの因縁があるのかもしれない。
「私は、あなたに協力するわ。ただし、私にも目的がある。私は、クロノスに隠された、ある『情報』を探している。あなたが持っている『時の器』が、その手掛かりになるかもしれないわね」
セレスは、カイルの目を見据え、はっきりと告げた。彼女の瞳の奥には、単なる金銭ではない、個人的な目的があることが見て取れた。
「その情報とは…?」
カイルが尋ねると、セレスは再び微かな笑みを浮かべた。
「それは、これからのお楽しみよ。まずは、クロノスの追手をかわしながら、あなたが持っている『時の器』が示す場所へと向かいましょう。おそらく、それは次の『時の欠片』が隠されている場所、あるいは『忘れられた誓い』に繋がる場所のはずよ」
セレスは立ち上がり、店の扉へと向かいながら、カイルに振り返った。
「さあ、いつまでもここにいると、彼らに見つかってしまうわよ。私たちの旅は、これからが本番よ」
カイルは、彼女の言葉に、新たな決意を固めた。このセレスという謎めいた女性と共に、彼は「時の欠片」と「忘れられた誓い」の謎を解き明かす旅に出るのだ。彼の右目の奥で、未来の光景が、微かに、しかし確かに揺らめいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます