第1章 第6話 「雫影と灰堂①」

誰かが……いや、何かが、通路を這っていた。

座席の隙間から漏れるかすかな気配。呼吸も、足音もない。


「村瀬、身構えろ。こいつは……じゃねぇ。」


松田の声に、村瀬が反射的に叫ぶ。

「やっぱりいる!透明人間か……!?」


その瞬間、耳元でくぐもった笑い声がした。

「ご名答。私の存在に気づくなんて……すばらしいじゃないですか。」


何もなかった空間が揺らぎ、人影が滲むように現れていく。

やがて姿を現した男――いや、“それ”は笑っていた。

だが、その笑みは目の奥が死んだままの、仮面のような表情だった。


雫影しずかげ……」

村瀬が息を呑む。「透明化の能力者。東大島の暗殺者名簿に載ってたはずです。手練ですよ、こいつ。」


「へぇ……知ってるんですね。嬉しいなぁ。」

雫影は薄く目を細める。「知ってても、着陸するころには忘れてますよ。いや、二度と思い出せない体にしてあげます。」


「この野郎!」

松田は親指を刃に変え、一気に踏み込む――


――ガキィィンッ!


振り下ろした刃が、横から弾かれた。

大きな剣が視界に割り込み、衝撃が腕を痺れさせる。


「おっと、俺も忘れてもらっちゃ困るな。」

声とともに現れたのは、長身で大剣を肩に担いだ男だった。


「俺の名前は灰堂。能力は――『スピリット・イレイサー』だ。精神を消すんだよ。」


松田が眉をひそめる。


「エナジーを持たない人間限定だがな。その脳みそを、空っぽにできる。」

灰堂は笑い、刃先を揺らす。「だからこそ、俺以外の“能力持ち”が大嫌いでね……」


笑みが鋭く変わる。

「お前らみたいなやつを、この手で叩き潰すのが、何よりの快感なんだよ!」


松田は鼻で笑う。

「つらつらと長い話をするあたり、父を思い出すぜ!」

親指を再び剣に変え、切りかかる。


【村瀬 vs 雫影】


「雫影ッ!どこだ!」

村瀬は声を張り上げ、床下に重力波を叩き込む。

機内の床が軋み、通路ごと押し潰すように歪む。


「おっと、それは危ない!」

空中にふわりと、薄い影が現れた。

雫影が身をひねり、重力の波を紙一重で避ける。


「見えてても、捕まえられなければ意味ないでしょ?」

雫影は回転しながら、細身の刃を村瀬の首元へ突き出す。


「見えてるだけで十分だ!」

村瀬は重力場を反転させ、雫影を床に叩きつけた。


ドンッ!

鈍い音が機体全体に響き、天井から微かな埃が舞う。


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