第1章 第3話 「屋敷」
神野烈がこのあとどう動くのか。
そして、松田家の当主が何を企んでいるのか。
──二人の関係は、ここからさらに揺れていく。
診療所のベッドを降りた松田透夜は、ふらつく足を引きずりながら屋敷へと戻った。
神野烈は、まだ目を覚まさない。
だが、透夜には一つだけ気にかかることがあった。
――“西の倉”の異常。
なぜ、“エナジーの結晶”そのものが暴走したのか。
烈が関係しているのは間違いない。だが、それが本当に烈だけの仕業なのか……。
屋敷の門をくぐると、夜風が重く吹き抜けた。
松田家本館の奥、障子の向こうには、当主・松田
「透夜、座れ。」
その声は低く、鈍く、まるで底なしの井戸のように響いた。
「烈と……戦ったそうだな。」
「はい。」
宗玄は薄く目を閉じたまま続ける。
「“フィンガーエナジー”。お前の能力だ。両方の親指をあらゆる形に変化させる。
制限はあるが、扱いを誤れば命取りにもなる。」
「……わかっています。」
宗玄の瞳が開く。鋭く光を帯びていた。
「“西の倉”に保管していた結晶が粉々に砕けていた。しかも――中心核だけが、跡形もなく消えていた。」
「……消えた?」
「通常、暴走しても核は残る。結晶の“心臓部”と呼ばれる部分だ。
極めて高価で、そして危険な代物だ。」
宗玄は一拍置いて、低く告げた。
「神野烈が奪った可能性がある。」
透夜の胸に冷たい波が走る。
戦闘の最後に見た烈の姿――あれはただの失神ではなかったのか。
毒に倒れたふりをして、結晶を……?
「“西の倉”を、調べに行かせてください。」
宗玄はゆっくりと頷いた。
「構わん。ただし一人では行くな。村瀬を同行させろ。」
――夜。
松田透夜と村瀬は、西の倉の焼け跡に立っていた。
焦げた木材の匂いが夜気に漂い、瓦礫のあちこちに淡い灰が積もっている。
かつて青白く輝いていた結晶の光は、完全に消え失せていた。
「核……見つかってないって話、本当だったんですね。」
村瀬が低くつぶやく。
「ああ。だが、それだけじゃない。」
透夜はしゃがみ込み、焦げ跡の中を指でなぞる。
微かに刻まれた模様が、灰の下から浮かび上がった。
「……紋章?」
透夜の眉が寄る。
「これは烈の能力じゃない。誰かが……別の力で倉を吹き飛ばした。」
村瀬が顔をしかめる。
「もしくは、“誰かに教えられた”可能性もあります。」
そのとき――。
「……あそこを。」
村瀬が指さす。
黒焦げの柱の根元に、淡く瞬く光。
透夜の指先がそれに反応し、欠片がふっと宙に浮いた。
砕かれた結晶の破片のようでいて、その輝きはどこか異質だった。
間違いない、それは“核の一部”だ。
「神野……まさか、完全に奪ったわけじゃなかったのか?」
透夜がそう呟いた瞬間――脳裏に声が響いた。
『……透夜。冷静になれ。俺たちは、まだ始まったばかりだ。』
それは、気を失っていたはずの烈の声。
透夜の背筋に冷たい汗が流れる。
神野烈は、遠く離れた場所から透夜のエナジーに干渉していた。
『次に会うときは、もっと“大きな何か”が動いてる。
お前も──逃げるなよ。』
声が途切れた瞬間、瓦礫がカランと崩れ落ちた。
透夜はその場に立ち尽くす。
闇夜の静寂の中で、確かに感じた。
世界が、音もなく――動き始めていることを。
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