第1章 第2話 「冷静になれ」
親指が変形し、鋼の刃が生える。
その冷たさが透夜の皮膚を走り、空気を裂く。
シュッ――。
刃が烈の頬をかすめ、細い赤線を刻んだ。
「殺意満々じゃねえか!」
烈が叫ぶ。腕にまとった電撃が空気を焦がし、白い閃光が弾けた。
スパークの熱が、わずか十五ミリアンペアの電流となって透夜の神経を貫く。
全身が痺れ、視界が歪む。
身体がよろめき、床に崩れ落ちた。
だが透夜の反応は早かった。
親指の刃が、今度は金属質の銃口へと変形する。
パンッ、パンッ、パンッ――!
三連の銃声。
弾丸が烈の肩を撃ち抜き、彼は血飛沫を上げてよろめいた。
焦げた硝煙の匂い、鉄と血の混じった味。
その中で、烈の顔がふと、穏やかな笑みに変わった。
「……毒入りか」
低くつぶやく声。
その瞬間、烈の体がふっと力を失い、崩れ落ちた。
透夜自身もまた、足元から世界が傾くのを感じた。
指先の感覚が遠のき、膝が砕ける。
――ふたりは、同時に倒れた。
のちに騒音を聞きつけた繁華街の人々が、彼らを診療所へ運んだという。
鼻をつく薬品の匂い。
遠くで、誰かの話し声。
透夜はゆっくりとまぶたを開けた。
天井がゆらりと揺れ、頭の奥で鈍い痛みが響く。
「……ここは?」
簡素な部屋。木製のベッド。
隣の布団には――神野烈が眠っていた。
「気がついたかい、坊ちゃん」
背後から柔らかな声がする。
振り向くと、白髪まじりの中年の男が茶を淹れていた。
医者とも軍人ともつかぬ、静かな威圧感を持つ人物だった。
「名乗るほどの者じゃないが、“繁華街の診療所”の者さ。騒ぎを聞いて駆けつけたら、倒れてる君たちを見つけた。
おかげで夜中の診療は大忙しだったよ」
透夜は上体を起こした。
痛みはまだあるが、致命傷ではない。
あの烈の電撃を受けて、なぜ生きているのか――。
医者は透夜の疑念を見透かしたように笑った。
「不思議に思ってるようだね。神野烈の電撃……出力が途中で下がっていた。
つまり、彼は“無意識に手加減していた”んだ」
「……あいつが?」
透夜の胸に、鈍い痛みが広がる。
「それが良いことかどうかは、君次第だ」
医者の言葉に、透夜は沈黙した。
隣のベッドで眠る烈の顔は、戦闘のときの冷徹さとは違っていた。
怒りも皮肉も消え、まるで何かから“解放された”ように安らかだった。
そのとき、扉がノックされた。
「失礼します、松田様。屋敷からの伝令です」
現れたのは、松田家の使用人・村瀬だった。
「当主がお呼びです。“東の倉”の件と、あなたの能力使用について、お話があると」
透夜は静かに息を吐いた。
「……戻るしかないか」
隣の烈に視線を落とす。
その寝顔に、言葉にはできない感情が滲んだ。
「次は……どちらかが、本当に“倒れる”かもしれないな」
薄明の光が窓から差し込み、透夜の瞳に冷たい影を落とした。
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