指先の原動力

@rumints

第1章 第1話 「トラブル」


時は358年。

別の宇宙に存在する地球。

この世界では文明の歩みが異様に早く、キリストの誕生からわずか二百三十八年で蒸気機関車が開発された。

その根幹には、“エナジー”と呼ばれる特殊な力の存在があった。


二度の大戦を経てから三十年後。

“日本”にあたる東圏・大日島の片隅に、一軒の古びた屋敷が静かに佇んでいた。

そこに住むのは、松田家の血を引く一人の青年と、血縁なきもう一人。

──彼らの出会いが、のちに数多の騒乱を呼ぶことになる。


俺の名は松田透夜まつだ とうや

十七歳、身長百八十二センチ。少し色白で、体重は六十二キロ。

そしてもう一人──神野烈じんの れつ。二十三歳、百七十九センチ、五十八キロ。

兄弟のようでいて、決して同じにはなれない存在だ。


「なあ、そろそろ日が暮れてもいい頃だろ」

透夜が空を仰ぎながらぼそりと呟く。


「奇妙だな。もう七時のはずだが……まだ昼のように明るい。まるで午前中みたいだ」

「冗談言うなよ」透夜は眉をひそめた。


烈は唇の端を歪め、挑発めいた笑みを浮かべる。

「冗談のつもりさ。だが──お前は本気で、この空が“自然”のものだと信じているのか?」


透夜は懐中時計を取り出し、秒針の規則正しい音に耳を澄ます。

「時間は確かに進んでる。これは……気候の異常か、それとも──」


「違う」烈が遮った。

「これは“力”の干渉だ。エナジーの、な」


その瞬間、轟音が夜気を裂いた。


ガシャアァァンッ!!


「なっ……!?」透夜が振り返る。


屋敷の奥、西の倉から青白い光が噴き上がっていた。

そこは、松田家が代々保管してきた“エナジー結晶”の保管庫だったはずだ。


「透夜、待て!」烈が叫ぶ。

「西の倉が吹っ飛んだ!──結晶が暴走してる!」


駆け出そうとする透夜の腕を、烈が強く掴んだ。

「行くな」

「何を言ってる、烈!止めなければ被害が──!」

「お前じゃ止められねぇよ」


烈の瞳が光を反射し、妖しく輝く。

その色に、透夜の背筋が冷たくなった。


「……お前、まさか」

「ちょっとした細工だよ」烈は静かに笑った。

「時間は進んでるんじゃない。動いてるのは──この館と、俺たちの周囲だけだ」

「ふざけるな、烈! 一体何をした!!」

「決まってるだろう。エナジーの結晶を“喰らい”、第二の力を手に入れたのさ! 俺は最強になった!」


「その力は──父に使うなって言われただろう……!」

透夜の拳が震える。


「言われたな、だが──」

烈は一歩、透夜へと踏み出す。

その声は、氷のように冷たかった。

「俺はついに、この歪んだ世界を正す力を得たんだ」


烈の背後で、風・火・雷・水──四つの属性が渦を巻き、異様な気配を放ち始める。


「お前とは……もう道が違う」

烈の眼差しが、透夜を射抜いた。


「なら、止めるしかないな」

透夜もまた、拳を固める。


二人の間に、張り詰めた空気が流れる。


“トラブル”──それは屋敷の崩壊でも、結晶の暴走でもなかった。

松田透夜と神野烈、二人が初めて拳を交わす、その決定的な瞬間の幕開けである。

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