第8話 王女(おうじょ)のバンコクぶらり旅(たび)
日曜(にちよう)の朝(あさ)、やさしい陽(ひ)ざしがカナの部屋(へや)のクリーム色(いろ)のカーテンを通(とお)して差(さ)し込(こ)んでいた。
カナは白(しろ)いパフスリーブの綿(めん)ワンピースを着(き)て、毛先(けさき)をふんわり巻(ま)いていた。清楚(せいそ)で可憐(かれん)な雰囲気(ふんいき)だ。
そのころ、ティーはカナの住(す)む三ヤーンのコンドミニアムの下(した)にバイクを停(と)め、「下(した)に着(つ)きました。いつでも出(で)発(はつ)できます :)」とメッセージを送(おく)った。
まもなく、カナが笑顔(えがお)で小(ちい)さなショルダーバッグを持(も)って降(お)りてきた。
「お待(ま)たせしてごめんなさい、ティーさん」
「いえいえ、大丈夫(だいじょうぶ)です。さあ、行(い)きましょうか?」
ふたりは三ヤーン駅(えき)からMRTに乗(の)り、サラデーン駅(えき)でBTSに乗(の)り換(か)え、タクシン橋駅(ばしえき)まで行(い)った。そこから徒歩(とほ)でサトーン船着場(ふなつきば)へ向(む)かい、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートでワット・アルン(暁(あかつき)の寺(てら))へ。
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ワット・アルン(暁(あかつき)の寺)
陽光(ようこう)が本堂(ほんどう)の大(おお)きな仏塔(ぶっとう)に差(さ)し、長(なが)い影(かげ)を地面(じめん)に落(お)としていた。
カナは仏塔(ぶっとう)を見上(みあ)げて目(め)を輝(かがや)かせた。
「絵葉書(えはがき)で見(み)たのと同(おな)じです…でも、本物(ほんもの)の方(ほう)がずっと美(うつく)しいですね」
ティーはほほえみながら、ゆっくりと案内(あんない)した。歴史(れきし)の話(はなし)を少(すこ)し語(かた)ると、カナは熱心(ねっしん)に聞(き)き入(い)っていた。
そしてカナは仏前(ぶつぜん)で静(しず)かに手(て)を合(あ)わせてお祈(いの)りした。ティーは距離(きょり)を保(たも)ち、そっと見守(みまも)っていた。
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チャオプラヤー川(がわ)クルーズ
ふたりは観光客(かんこうきゃく)と一緒(いっしょ)にチャオプラヤー・エクスプレスに乗(の)った。カナは窓側(まどがわ)に座(すわ)り、両岸(りょうがん)の風景(ふうけい)を見渡(みわた)す。
「タイは古(ふる)いものと新(あたら)しいものが共存(きょうぞん)してますね」
「そうですね。混(ま)ざってるけど、僕(ぼく)はその雑多(ざった)な感じ(かんじ)が好きです」
カナはふっと笑(わら)って、静(しず)かにうなずいた。
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ICONSIAM(アイコンサイアム)
チャオプラヤー沿(ぞ)いの豪華(ごうか)なショッピングモール。キラキラした照明(しょうめい)に、カナは目(め)を丸(まる)くした。
ふたりはタイ市場(いちば)を模(も)したゾーンを歩(ある)き、カナはいろいろなタイのお菓子(かし)を試(ため)してみた。
「これは…なんて名前(なまえ)ですか?」
「それは“カノムチャン(ขนมชั้น)”です。その隣(となり)は“トーンイップ(ทองหยิบ)”」
カナはゆっくり発音(はつおん)した。
「か…のむ…ちゃん? と…ん…いっぷ…あってますか?」
ティーはうなずいた。
「とても上手(じょうず)ですよ、カナさん」
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夜(よる)のヤワラート(中華街)
夜(よる)のヤワラートは車(くるま)と人(ひと)であふれ、屋台(やたい)の湯気(ゆげ)と香(かお)りが漂(ただよ)っていた。
カナはクイッティアオロート(米粉(こめこ)春巻(はるま)き)、ホイトート(カキ入りお好(この)み焼(や)き)、イカ焼(や)きなどに挑戦(ちょうせん)し、最後(さいご)は菊花茶(きっかちゃ)でクールダウン。
「イカ焼(や)き、ちょっと辛(から)かったけど…すごくおいしかったです!」
ティーは笑(わら)って言(い)う。
「それなら、屋台(やたい)ご飯(はん)合格(ごうかく)です!」
「さっき、あちらのバミー(บะหมี่)屋(や)さん見(み)ました。美味(おい)しそうでしたね。次(つぎ)はそこへ行(い)きましょう!」
「もちろん、今日は給料日(きゅうりょうび)だから、僕(ぼく)のおごりですよ」
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夜風(よかぜ)とトゥクトゥク、そして揺(ゆ)れる気持(きも)ち
人気店(にんきてん)のバミーを食(た)べ終(お)えた後(あと)、ふたりは夜道(よみち)を歩(ある)いていた。
「お腹(なか)いっぱいです…今日は本当(ほんとう)にありがとう」
「いえいえ…それに、もしよければ、コンドまで送(おく)っていきますよ?」
「お願いします…」
ふたりは路地(ろじ)を抜(ぬ)けて大通(おおどお)りへ出(で)る。車(くるま)の音(おと)、人波(ひとなみ)、屋台(やたい)の香(かお)りが夜(よる)を包(つつ)んでいた。
そのとき、ティーは派手(はで)なネオンを光(ひか)らせるトゥクトゥクを見(み)つけた。
「カナさん、トゥクトゥク乗(の)ってみますか?」
カナは目(め)を見開(みひら)いた。
「トゥクトゥク…あれですか?」
「そうです!タイ名物(めいぶつ)の三輪車(さんりんしゃ)ですよ」
彼女(かのじょ)は笑(わら)いながらうなずき、ティーは値段(ねだん)交渉(こうしょう)へ。
「2人(ふたり)で100バーツ、サムヤーンまで。OK〜!」
車(くるま)に乗(の)った瞬間(しゅんかん)、夜風(よかぜ)が吹(ふ)き抜(ぬ)け、カナは「きゃっ」と小(ちい)さく叫(さけ)んで座席(ざせき)の縁(ふち)を掴(つか)んだ。
「速(はや)いですねぇ!」
ティーは笑(わら)って言(い)う。
「最初(さいしょ)はびっくりしますよね。でも慣(な)れたらクセになります」
トゥクトゥクはジャルンクルン通(どお)りからラマ4世(よんせい)通(どお)りへ。きらめく看板(かんばん)、人混(ひとご)み、街灯(がいとう)…道(みち)のデコボコでカナは小(ちい)さく跳(と)ねては笑(わら)った。
「遊園地(ゆうえんち)の乗(の)り物(もの)みたい!」
「じゃあ、僕(ぼく)は係員(かかりいん)ってことですね?」
カナは小(ちい)さく笑(わら)い、視線(しせん)を逸(そ)らしてつぶやいた。
「…いえ、旅(たび)の仲間(なかま)です」
ティーの胸(むね)は、どくんと高鳴(たかな)った。
夜風(よかぜ)と光(ひかり)の中(なか)、その一瞬(いっしゅん)は時(とき)が止(と)まったように感(かん)じられた。
トゥクトゥクがカナのコンドに到着(とうちゃく)すると、彼女(かのじょ)は料金(りょうきん)を払(はら)おうとしたが、ティーが止(と)めて代(か)わりに払(はら)った。
「今日は僕(ぼく)のデートプランだから、ご馳走(ちそう)させてください」
「ありがとうございます」
カナは小(ちい)さくお辞儀(じぎ)して降(お)りた。
そしてティーがバイクに向(む)かおうとしたとき、彼女(かのじょ)はそっと声(こえ)をかけた。
「今日は…楽(たの)しかったです」
「ほんとですか?」
「…今(いま)までで一番(いちばん)かもしれません。忘(わす)れられない一日(いちにち)になりました」
ティーはほほえんでバイクにまたがり、静(しず)かに去(さ)っていく。
カナはその場(ば)に立(た)ち尽(つ)くし、やさしい風(かぜ)に髪(かみ)をなびかせながら、微笑(ほほえ)んでいた。
この夜(よる)、きっとずっと心(こころ)に残(のこ)る——
つづく
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