第6話:コーヒーの香りと想い出

(だいろくわ:コーヒーのかおり と おもいで)

カワイイカフェの夕方(ゆうがた)、店内(てんない)は天井(てんじょう)から吊(つ)り下(さ)がる金色(きんいろ)のシャンデリアが、あたたかい光(ひかり)を放(はな)っていた。空気(くうき)には香(こう)ばしいコーヒーの香(かお)りが漂(ただよ)い、やさしいジャズの音楽(おんがく)が静(しず)かに流(なが)れていた。

カナはカウンターの中(なか)に立(た)ち、真剣(しんけん)な表情(ひょうじょう)でエスプレッソマシンを扱(あつか)っていた。モクはその隣(となり)に立(た)ち、笑顔(えがお)で優(やさ)しく見守(みまも)っていた。

「今日は“キャラメル・マキアート”を作(つく)ってみましょう」

「このメニューは濃(こ)いエスプレッソに、スチームミルクとキャラメルソースをかけたものです」

カナはうなずきながら、ゆっくり復唱(ふくしょう)する。

「キャラメル…マキアート…キャラメル…マキアート…」

やさしい微笑(ほほえ)みを浮(う)かべながら。

モクはミルクピッチャーを手(て)に取(と)り、ミルクを泡立(あわだ)てる。「シューッ」と音(おと)がして、キャラメルソースを細(ほそ)く慎重(しんちょう)にかけていく。

「ソースはきれいにかけてくださいね。見(み)た目(め)もかわいくて、味(あじ)もまろやかになりますから」

カナは真剣(しんけん)な目(め)で見(み)つめ、ひとつひとつの動作(どうさ)を真似(まね)していく。小(ちい)さな手(て)が次第(しだい)に自信(じしん)を持(も)って動(うご)いていた。

そのとき、店(みせ)のドアのベルが鳴(な)る。若(わか)い男女(だんじょ)のカップルが入(はい)ってきた。男(おとこ)はカジュアルな服(ふく)を着(き)ていて、女(おんな)は水色(みずいろ)のワンピースを着(き)ている。

男性(だんせい)は落(お)ち着(つ)いた声(こえ)で注文(ちゅうもん)する。

「ホットアメリカーノ、ひとつお願いします」

女性(じょせい)が優(やさ)しく続(つづ)ける。

「アイスフラットホワイト、甘(あま)さ控(ひか)えめでお願いします」

カナはオーダーを受(う)け取り、静(しず)かな声(こえ)でモクに伝(つた)える。

「今日は、いろんなコーヒーを試(ため)してみますね」

カナはキャラメルマキアートをトレーに載(の)せ、ていねいに黒豆餡(くろまめあん)の月餅(げっぺい)も添(そ)える。

「黒豆(くろまめ)の月餅(げっぺい)です。甘(あま)さ控(ひか)えめで、コーヒーと一緒(いっしょ)にどうぞ」

客(きゃく)は顔(かお)を見(み)合わせて微笑(ほほえ)み、女性(じょせい)が心(こころ)からの声(こえ)で言(い)った。

「とても雰囲気(ふんいき)のいいお店(みせ)ですね。コーヒーも美味(おい)しいです」

男性(だんせい)も静(しず)かにうなずいた。

そこへ、ティーが店(みせ)に入(はい)ってきた。カナが客(きゃく)と話(はな)しているのを見(み)て、冗談(じょうだん)っぽく声(こえ)をかける。

「今日はにぎやかだね〜」

「カナ、コーヒー作(つく)るの、ずいぶん上手(じょうず)になったね」

カナは少(すこ)し照(て)れながら、丁寧(ていねい)に答(こた)える。

「ありがとうございます。毎日(まいにち)頑張(がんば)ってますから」

── 夕方、店(みせ)の裏(うら)では

カナは小(ちい)さなノートにタイ語(たいご)の単語(たんご)を書(か)き写(うつ)していた。やわらかな照明(しょうめい)がページを照(て)らし、静(しず)かな時間(じかん)が流(なが)れていた。

ジャズの音(おと)とコーヒーの香(かお)りが、あたたかい空気(くうき)を包(つつ)む。

── その頃(ころ)、フロアでは…

「ねえねえ、知(し)ってる? カナちゃんとティー兄(にい)さん、あの角(かど)の和食(わしょく)屋(や)で一緒(いっしょ)にご飯(はん)食(た)べてたよ!」

バリスタ仲間(なかま)が小声(こごえ)で話(はな)す。

モクは黙(だま)ってエプロンを結(むす)び、無表情(むひょうじょう)で座(すわ)っていた。

しばらくして、カナが表(おもて)に出(で)てくると、みんな会話(かいわ)をやめた。

モクは笑顔(えがお)で言(い)った。

「ちょっと在庫(ざいこ)確認(かくにん)してくるね」

そしてそのまま物置(ものおき)へ行(い)き、電気(でんき)をひとつだけ点(つ)けて、プラスチック箱(ばこ)の上(うえ)に座(すわ)った。

乾(かわ)いたコーヒーの香(かお)りと古(ふる)いお菓子(かし)の匂(にお)いが漂(ただよ)うその部屋(へや)で、

モクは口(くち)を手(て)で押(お)さえ、声(こえ)を漏(も)らさないように泣(な)いていた。

わかってる… ふたりが好(す)き合(あ)ってるのは。でも、心(こころ)がついていかない…

── その頃、ティーが再(ふたた)び店(みせ)に現(あらわ)れた。

「明日(あした)、僕(ぼく)の休(やす)みなんだ。カナ、母(はは)に会(あ)いに行(い)ってみない? イヤじゃなければ…」

スタッフは皆(みな)、驚(おどろ)いてチラチラと見るが、何(なに)も言(い)わない。

カナは少(すこ)し考(かんが)えて、にっこりと答(こた)える。

「いいですよ。でも…モクさんも一緒(いっしょ)に行(い)ってくれませんか?」

「もちろん!モクさん、うちに来(き)たことあるし、案内(あんない)してもらおう」

「じゃあ、今日はモクさんと一緒(いっしょ)に在庫(ざいこ)確認(かくにん)して、そのときお願い(ねが)ってみます」

「わかった。じゃあ、明日(あした)家(いえ)で待(ま)ってるね。気(き)をつけて帰(かえ)って」

「はい。バイバイです!」

ティーは笑顔(えがお)でバイクに乗(の)り、走(はし)り去(さ)っていく。

その後(あと)、カナは物置(ものおき)へ。

カナ:「あの…モクさん、一緒(いっしょ)に行(い)ってくれますか?」

モク:「え? どこへ?」

カナ:「ティーさんの家(いえ)です。お母(かあ)さまが具合(ぐあい)悪(わる)いって…生姜茶(しょうがちゃ)を持(も)っていきたいんです」

モクは少(すこ)し黙(だま)った後(あと)、やさしく微笑(ほほえ)んだ。

「うん、行(い)こう。家(いえ)は知(し)ってるから。…何度(なんど)も行(い)ったことあるよ」

「じゃあ、明日(あした)の朝(あさ)、ここで待(ま)ってますね。よろしくお願いします!」

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つづく

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