第4話:笑い声と甘い味
新しい朝がKawaii Cafeにやって来た。
レースのカーテン越しに温かい日差しが差し込み、静かなジャズが店内に流れる。
カフェの中はまるで幸福を編み込むような、やわらかな雰囲気に包まれていた。
白いレースのエプロンを身に着けたカナは、以前よりも自信を持ってカウンターに立っていた。
細くてしなやかな手で、コーヒーカップをそっと持ち上げる。
店のベルが鳴った。最初の客は、小柄な中年女性だった。
彼女は静かにカウンターに近づき、優しい声で言った。
「アイスラテ、甘さ控えめでお願いします。それと……何か甘いお菓子も食べてみたいです」
カナは微笑みながら、丁寧にアイスラテのカップを手渡して答える。
「ホイシアン(惠香)の中華菓子が、ちょうど焼き上がったばかりです。
甘さ控えめで、まろやかな味わいですよ。コーヒーにとてもよく合います」
女性は興味深そうにカナを見て、明るい声で返した。
「本当?じゃあ、一ついただきます」
カナは中華菓子を丁寧に皿に盛りつけ、花柄の陶器の皿に載せて差し出した。
女性は菓子を選びながら、親しげにカナに話しかけ続けた。
「このお店、とっても雰囲気がいいですね。色んなカフェに行ったけど、こんなに温かみがあるところは初めてです」
カナは少し赤面しながら、礼儀正しく答えた。
「ありがとうございます。私も、そう感じています」
若いカップルが店内に入ってきて、窓際の席に座った。
アイスカプチーノとブラックコーヒーを注文し、スイーツも頼んだ。
カナは微笑みながら、やさしく説明した。
「小豆あんは、ちょうどいい甘さですよ。
あまり甘いのが苦手でしたら、蓮の実あんがおすすめです。香りがまろやかで」
彼女は、相手の男性が興味を持った様子を見て、さらに優しい声で続けた。
「ここの中華菓子は毎日焼きたてです。
ふんわりとした香りが、コーヒーとよく合うんです」
その時、隣にいたモクがそっと耳打ちした。
「“焼きたて”は、タイ語で“อบสดใหม่”って言いますよ」
「“おいしい”は、“อะ-หร่อย(ア・ロイ)”って読むんです」
カナはうなずいて、繰り返した。
「オーブソッドマイ……ア・ロイ……」
発音が少し違っていて、自分で笑ってしまった。
再びドアベルが鳴った。
ティーがバイクを停めて入ってくる。彼はいつもの優しい笑顔で言った。
「こんにちは。今日はどう?手伝いはうまくいってる?」
カナは微笑んで答えた。
「はい……今、モクとタイ語を練習してるんです」
ティーは少し笑って冗談を言った。
「それなら、きっとお客さんもこの店のファンになるね」
午後、モクはカナに基本的なコーヒーの淹れ方を教えた。
豆の挽き方から、フォームドミルクの作り方まで。
「今日は、簡単なラテアートに挑戦してみましょう」
モクはミルクピッチャーを手にして、ゆっくりと作業を始めた。
カナは一つ一つを真剣に見て、小さな手で泡立てを試みる。
スチームの音がふわっと響く。
カナは額に汗をにじませながら、懸命にフォームドミルクを作った。
「かわいいですね」モクはほほえんだ。
「でも、まだ泡がちょっと荒いですね。もう一回やってみましょう」
カナは苦笑しつつも、あきらめずに再挑戦した。
やがて、ふんわりとなめらかなフォームができあがった。
閉店が近づいた頃、モクは言った。
「とてもよかったですよ。練習を続ければ、素敵なラテアートができますよ」
カナは満足そうに笑い、小さなノートを取り出して新しい単語を記した。
「ラテアート」
「フォームミルク」
「ふわふわ」
「いい香り」
奥からジェー・プローイの声が聞こえてきた。
「カナは本当に売り方が上手ね。
その丁寧な話し方があるから、みんなお菓子も試したくなるのよ」
カナは頬を赤らめて、礼儀正しく微笑んだ。
「私はただ……お客様にも良いものを知っていただきたいだけです」
コーヒーの香りと笑い声に満ちた一日。
カナは、この場所が少しずつ「自分の居場所」になってきていると感じていた。
夕暮れ
その日も、ティーはカフェの前でカナを待っていた。
カナはカバンを背負って店を出て、彼のもとへ向かった。
その様子を、店の中のモクが見ていた。
Kawaii Cafeのガラス越しに見える外の空は、夕焼けで灰色と橙が混ざっていた。
ライダーのジャケットを着た青年と、穏やかな微笑みを浮かべる細身の少女が並んで歩く姿。
「今日も、一緒に帰るんだね……」
モクは誰にも聞こえないように、静かにささやいた。
手はまだグラスを洗っていたが、蛇口から流れるお湯よりも、手の甲に落ちた透明な一滴のほうが温かく感じた。
つづく
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