時代が変わるとき、時代の変化に社会の仕組みが追いついていないとき、社会にはさまざまな「悪」が現れる。
体制をひっくり返そうとする「悪」、体制の味方であることをいいことに銭をせびりとろうとする「悪」。
そんななかで、体制の手先として、さまざまな損を押しつけられつつ戦う、無名の、最下級の戦士。
しかし、彼は、目立たないところで知謀を駆使し、この時代を乗り切ろうとしていた。
後に、知将として、また無類の忠誠心の持ち主として知られることになる人物の、無名時代の物語。
関西に生きた彼らが、当然のように関西弁をしゃべっているところもリアルです。
わー、立ち上がって、パチパチパチーっ!!!
素晴らしいです。余韻が止まりません!!
これは見事です! 四谷軒さんの作品中、自分内順位ダントツの1位です!
ネタばれがアレなので、詳しくは書きませんが、衰えゆく鎌倉幕府に翻弄され、自身の一族と権益を守るために、悪党(と幕府に扱われている)の始末に手を染める主人公、兵衛。
次第にエスカレートする、幕府と六波羅探題の要求に、脳裏をよぎる自らの滅びの予感。組織と組織の間で揺れ動く感情。本当の悪党は一体誰なのか。俺は誰のために生きるのか。
端的に、「素晴らしい!」としか感想が浮かんできません。
それは、わたくしが今、お昼のチキンライス食いながら酔っぱらっているせいではないと思いますw
むろん、歴史ものというジャンルの好き嫌いはあると思いますが、これは読んで損はない、皆さんの作品にも必ず資する名作だと、本当に思います。
わたしも、このレベルの作品を書けたらなあ、と、本心から思いました。
悪党。主に鎌倉時代末期、「御恩と奉公」の封建制度が機能不全に陥った時代に登場した武装勢力で、荘園の主たる幕府の影響を(主に武力で)排して自ら土地の所有者や徴税権者となった人々を指す言葉です。決して、揚げたての唐揚げに無断でレモン汁をかけ回す輩のことではありません。
今回の四谷氏の新作は、三題噺「土地」「蚊」「怪物」に加えて「夏」をテーマにした歴史モノ。「蚊」と「夏」は自然につながりますが、さてどんな歴史上の人物や事件を扱うのか楽しみにしておりましたところ、発表された作品タイトルは『悪党の夏』。
ははーん、悪党と言えばあの日本史上有名なあの人か。いや待て、そう見せかけてあいつの方かもしれない。さてさて主人公「兵衛(ひょうえ)」の正体やいかにと楽しみに本編を拝読したところ……うっかり作品タグを見てしまい、秒で正体がバレました。
ただし「兵衛」が「あの人」だと分かっても、本作への興味が減じることはありませんでした。むしろ、何故この「兵衛」が――悪党を退治する側の人間が――悪党と呼ばれ、ついには後世に名を残す存在になったのか、気になって読む手が止まりません。
また、「兵衛」の境遇を「初夏」「仲夏」「盛夏」「晩夏」の四章立ての構成にまとめたのも見事。百日紅(さるすべり)の花が咲き、そして散るまでの約三か月間における「兵衛」の行動を通じて、ひとつの封建制が崩れゆく様と、そこで生き延びようとする新興勢力の姿を、静かな筆致で描き出しています。
歴史好きは、是非ご一読ください!
※なお、本レビューのキャッチコピーのネタ元は、野坂昭如の短編『ああ水銀大軟膏』です。「兵衛」が辰砂(硫化水銀)を扱っていたので、ついやってしまいました。
……ちなみに野坂氏の短編タイトルは、「嗚呼忠臣大〇〇(※「兵衛」の敬称ですがネタバレ防止のため伏字)」のパロディです。