第3話 貧困街の英雄

「何が起きた?」


ファイヤースカルバードを追いかけていたトングルの前は白く光り、激しい風が目の前を包んだ。


木っ端微塵のファイヤースカルバードの骨、半壊する家、手を挙げる息子。


(もしかしたら――――こいつは、とんでもねぇ存在になるかもしれねえ。)


息子と妻が生きてるのを確認すると、急いで二人の元に行き、強く抱きしめた。

「本当に生きてで、よがっだぁぁぁぁ」

涙とよだれでいっぱいいっぱいだった。


「なんで、そんな泣いてるの?あなた」

「パパ、汚いよ。でも生きててよかった」

息子の不意の言葉にさらに、タングルは泣いた。


「ジャック、ありがとう」

「本当ね。みんな無事でよかった」

三人で長く抱きしめ合った。


その後は大変だった。

崩れた家を直したり、そこら中に落ちている骨を拾ったりで、タングルは大慌てだった。拾ってきた一部の骨を鍋に入れて呪文を唱える。こんな貧困街じゃ、魔物の骨すらご馳走になる。

「水のウォーターボール

上から下の鍋に水を入れ、ぐつぐつと煮始める。


「これがめちゃくちゃ旨いんだよ。ジャックお前も食べるだろ」

アリスに抱き寄せられたジャックは、なんてひもじいんだと思いながら、鳥のだしの 効いたいい匂いに、よだれが垂れてきた。


「フーフーほれ食べてみろ」タングルが木でできたスプーンでジャックの口の近くまで持ってきた。

ジャックも「フーフー」とやりながらすする。


「熱っ」

「大丈夫か」

こくりとうなずきながら、味を確かめた。


久しぶりに食べた鳥の味だった。

汁だけでも、こんなにうまいのか、ジャックのよだれに一つ涙が混じった。


「そんなにうまいか。じゃあ家族で飲むか」とタングルが器によそろうとしたとき、貧困街のみんなが、匂いに誘われやってきた。


「他の連中も欲しそうにしてるな。みんなにもやるか?」

ジャックに熱いまなざしで見つめてくる。

(そんな目で見られたら、渡すしかないだろう。)

「いいよ」


ジャックは、グッと親指を突き出して答えた。


「「「いやったーーーーーーーーーーー」」」

村中が歓喜した。

どうやら、取った獲物を分けるかどうかは、打ち取ったものの特権ということを後になってから知った。


「そりゃないぜ」

ジャックは、もっと早く教えてくれよと思ったが、もう後の祭りだった。


村中の活気がこちらにまで伝わってくる。


「ありがとう、タングルの息子」

やせ細ったおじさんが、にんまりと笑顔をこちらへと覗かせた。


笑顔に人をさせるのは、こんなにも気持ちの良いものなのか。

ついつい頬が緩んでニタニタしてしまう。


「ジャックすごい顔してるわよ」

アリスはそれを見て笑い、「本当だな」とタングルも笑った。


たくさんの人に配って、一段落着くと、何かがこちらに大勢近づいてくる気がした。


それは気のせいではなく、馬に乗った軍隊が遠目でも見て取れた。

さっきまで骨スープに湧いていた笑い声が、一気にしぼんでいく。


「なんだ、ありゃ」とやせ細ったおじさんが、目を細めた。

「あれは、ビルトン王国の旗だな。何の用だろうな」

タングルは皆の前に立ち、彼らを出迎えた。


「お前たち、先ほどこちらにでかい鳥が飛んでこなかったか?」

騎士団の一人が我々に尋ねる。


「先ほど倒して今鍋の中ですけど」

タングルは強気に前にがつがつと出る。


「お前らが……倒した??こんな貧困街の奴らがありえねな」と馬の上の騎士団の一人が嘲笑をしてきた。


なんて腹立たしいやつなんだとジャックが思うのもつかの間、タングルが、騎士団の一人を馬から引きずり下ろし、殴る寸前だった。

他の騎士団たちと貧困街の連中が喧嘩をすると思われたそのときだった。


「双方、拳を下げよ」

その瞬間、場が静まりかえった。


大きな馬車の中から、皇族らしき女性が出てきて、タングルの前にやってくる。

「うちのものがすまない。タングル殿」

女王が深々と謝罪をする。


「頭を挙げてください。許しますから」

「そうか。ならよかった」


「メリダス女王そいつは誰なんですか?」と貧困街を笑ったものが言う。

「この御方は、かつてこの王国の騎士団長だったタングル・トロイ殿だ」


騎士、騎士……騎士団長!!!パパそんなすごい人だったのか。

貧困街でゲロまみれになって笑ってるだけの、どこにでもいるチチオヤ。

その男が、かつて“国の剣”だったなんて、誰が信じる。


騎士団の一人もしりもちをついていた。

「無礼を働いたようだな。マルクス」

メリダス女王がマルクスに詰め寄った。

「そそそそれは……」


メリダス女王は、体の魔力を一点に集中させ、拳にこめ、「ままままって…」と言うマルクスの頭を兜ごと上から下へと殴った。


クレータが一つできてしまった。

「ところで、メリダス女王様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

普段のタングルとは、別人のような振る舞いだった。


「そうだった。あの鳥の件で来た」

「ファイヤースカルバードですか?」

「そうだ。あれは魔族領から解き放たれた魔物で、我々王国騎士団が逃した獲物なのだ。この地まで、来たとの情報を受けて、はせ参じた。それで鳥はどこなのだ?」


メリダス女王がきょろきょろし始めた。

「こちらに」とタングルが、鍋を持ってきて、骨を見せた。


「あれは、お前が倒したのか?ただお前は、魔法使いだろ。あんなに鳥の骨を分解できるのか?」と鍋の方を指さして聞いた。


隠し通すこともできただろうに、タングルはニヤニヤし始めた。

まさかまさか、言うんじゃないんだろうなとタングルの言葉を待つ。


「それは・・・」

(ダメダメ、なんでかわからんけど、嫌な予感がする。)


「ダメ・・・パーパー」

「うちの息子がやりました」


タングルの声量で、ジャックの声はかき消された。

この貧困街の連中は喚起してるさなか、騎士団一行は現実を受け止められず、その場で静止する。


だが、メリダス女王は、こちらにまで駆け寄ってきて

「この度のこと礼を言う。我が国を救ってくれてありがとう」と深々と頭を下げた。


この瞬間、ジャックは、貧困街の英雄になった。


このあと、王宮に呼ばれて、実験されるかもしれない。

魔族との戦争に、赤ん坊なのに駆り出されるかもしれない。

(……いやだ。胃がキリキリする。)












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バブバブ・バーバリアン 一色くじら @issyoku-kuzira

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