第25話 喫茶ヤグモ

 家のリビングには香ばしい苦味のある香りが充満していた。インスタントコーヒーではこんなに深い香りは出ないだろう。いつものリビングがあっという間に、所謂チル空間に早変わりした。


 それでも、喫茶タカサキのような雰囲気は出ないのだから、やっぱりあの喫茶店は閉店してしまうには惜しい唯一無二の店だなと思った。


「シュガースティックは二本で良かった?」


「もう少し甘みを足したいので、三本いただいてもよろしいでしょうか?」


「入れすぎじゃない……?確かに苦味が強い味ではあるけど。健康にも悪いし、二本にしときなさいよ」


「そんな……。私からすれば、よくそのまま飲めるな、という気持ちですよ……」


「ジュンナにこの苦味はまだ早いってことね」


「む、リアさんの方が歳下なのに……」


 高崎さんご夫妻からお礼にといただいてしまったコーヒー。


 お礼はいらないと断ったのだが、最終的に押し負けて受け取ってしまった。市販でないコーヒー粉からドリップするのは初めての経験だったが、意外と上手く出来ているのではないだろうか。


 喫茶タカサキで指輪を返してから、あっという間に時間は経ってもう22時になっていた。こんな時間にコーヒーを飲むなんて、連休の中日だからこそ可能な所業だ。


「結局、ジュンナの服やら日用品は買えなかったわね」


「連日お借りしてしまってすみません……」


「いや、今日のは仕方ないでしょ。むしろ、ジュンナのおかげであの喫茶店を救えたんだし……私も精霊術が何かを学べたし……」


「あのお店、これからも続けてくれそうで良かったですね。それから、今回の件を解決したのは、私の力ではありません。紛れもなくリアさんの力ですよ」


 ジュンナは何一つ表情を変えることなく、スティックシュガーをコーヒーへ溶かしていく。

 私はその様子に、何とも白々しさを感じてしまう。


「それで、どこからどこまでがジュンナの想定通りなわけ?」


「……なんだか人聞きが悪いですね」


「なら質問変えるわ。よく考えたら、修行と謳ってた割に、やり方があまりにも行き当たりバッタリすぎるのよ。本当は、もっと簡単に指輪を見つけてあげることもできたんじゃないの?」


 ジュンナは天才を超える精霊術師で、昔に精霊術師として活動していて、メグミさんの精霊を助けようと言い出したのもジュンナ。


 これらの事実を踏まえると、今日の行動はあまりにも不自然だった。端的に言うと、あまりにも手際が悪すぎだと思う。

 喫茶タカサキの娘だとわかったのも、指輪を探しているとわかったのも、指輪を子供たちが持っていたのも、何もかもが偶然の産物すぎる。

 

「……確かに、私が精霊術を使えば、もっと早く解決することはできました」


 淡々と続けられるジュンナの言葉を、私は頬杖をつきながら聞いた。


「その気になれば、精霊本人の口から指輪を探しているということを聞き出すことはできました。指輪のある場所も、女性の霊力から辿れば、あの女の子に辿り着くことはできていたかもしれません」


「やっぱりね……。なんかおかしいと思ってたのよ」


「ですが……リアさんの力が無ければ、この件は解決できていなかったのは間違いありません」


 最後の言葉を聞いて、私は狐につまれたような気持ちになった。


「精霊術を使えば、指輪の場所を突き止めることはできました。ですが、あの女の子が指輪を渡してくれたのは、紛れもなくリアさんの思いが伝わったからです。何よりも、貴女の優しさが無ければ、高崎さんたちは互いに想いを伝えることはできなかったでしょう。」


「そ、そうかしら……」


「そうですよ。精霊術さえ使えれば一人前の精霊術師になれるわけでもありません。これは誇るべき立派なことです」


 そういうことを面と向かって言われると、照れ臭いったらない。どうやら、ジュンナはそういうことを平気で言える性格らしい。


 照れ臭さを中和しようと、ブラックコーヒーを口に流し込んだ。


「それで、弟子に対するダメ出しはあったりするのかしら?」


「そうですね、ダメ出しというわけではありませんが……。喫茶店で『話を聞かせて欲しい』と直接お願いし始めた時は少し驚きましたね」


「あ、あれは、高崎さんたちを助けたくって仕方なく……」


「他人のために行動できるのは素晴らしいことです。ただ、悪霊も知らないのに時間稼ぎしようとしたり、弟子入りするために土下座したり……。精霊術師にとって冷静さを失うのは致命的ですので、どうかお気をつけください」


「……耳が痛いわね」


「まぁ、それがリアさんの良いところでもあり、意外なところでもあるのかもしれませんね」


 ジュンナは私の身を案じてこう言ってくれているのだろうが、この非日常が起き続けている中で、冷静に行動しろなんて方が無理ではないか。そう言い返してやりたくなった。


「それからもう一点……」


「嘘でしょ?まだ何かあるの?」


「メグミさんからの伝言を伝えてましたが、深掘りされてたら危ないところでしたよ?」


「あ……」


『これからも店をお願い』

 その伝言を高崎さんたちに伝えたが、あれでは霊が見えると白状しているようなものだった。どうやって娘と話したんだなどと聞かれていれば、相当答えに困っていたのは間違いない。


「もしかして、破門とかになったりする?」


「厳しい方だったら余裕で破門でしたが……、私はそのような事はしないのでご安心ください」


「あぶな……」


「僅か一日で破門になる方は、85年経っていても流石に例が無いでしょうね……」


 危うく破門RTAで新記録を設立してしまうところだった。

 深く言及してこなかった高崎さんと、ジュンナの心の広さに感謝しつつ……。


「スティックシュガー、これからは好きなだけ使って良いわよ……」


 ジュンナの気を損ねないように接しようと心に決めたのだった。


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あとがき


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