第24話 『返す』と『還す』


 夕焼けに染まる美鳥第一公園。

 園内にいるのは、私、ジュンナ、メグミさんの三人だけになった。これで周囲の目を気にせずにメグミさんと話すことができる。


「ジュンナ、お願い」


「はい」


 またジュンナの力を借りて、霊力を操作していく。

 次に目を開くと、メグミさんの姿は鮮明になっていた。家族写真に写っていた人と全く同じ人だ。


「どこ……ない……」


 彼女はまだ指輪を探していた。一刻も早く、その辛い感情から解放してあげなくては。


「これ、メグミさんの結婚指輪ですよね……」


 手のひらに結婚指輪を乗せ、メグミさんの前へと差し出した。夕陽を受けて、シルバーの光沢が美しく輝く。


 メグミさんに動きがあるのを固唾を飲んで待つ。


 ジュンナは、「この役目はリアさんが果たすべきです」と言って、指輪を私に託してくれた。一歩後ろにいる彼女も、息を凝らして様子を見守ってくれている。


「ぁあ……あった……」


 初めてメグミさんの表情が変わった。


 透けている手がゆっくりと指輪に向かって伸ばされる。その手の平は、指輪の上で手を握りしめられた。残念ながら、指輪に触れることはできないが、そこにどんな思いがこもっていて、どれほどの重みがあるのか、今の私には良く分かる。

 

「ありが……とう……」


 メグミさんの目から涙が溢れることはなかった。けれど、感謝と希望は痛いほどに伝わってくる。


「ありがとう……」


 徐々に彼女の身体は光の粒となって解け始めた。光に包まれた体が、少しずつ泡のように世界へと溶けていく。


「メグミさん……消えるの……?」


「消えるのではありません。還っていくんです。彼女を縛り付けていた未練がなくなり、解放されたんです」


 その姿が、次第に薄くなっていく。私の目から霊力が抜けたのではない。本当に、メグミさんが還っていくんだ。


 私たちの目的は、彼女の結婚指輪を見つけ、未練を拭い去ってあげること。

 その目的は果たしたけれど、今はもう一つ、彼女が消えてしまう前にやらなければいけないことがある。


「あの、メグミさん……。『今まで店をありがとう』、だそうです……」


「……みせ……」


 おじいさんが最後に伝えたかったと言っていた言葉。どうしても、これをメグミさんにちゃんと伝えてあげたかった。


 メグミさんは笑った。家族写真の中のとびきりの笑顔と同じように。

 

「これからも……みせ……お願い……」


「……伝えておきます」


 そう言い残して、メグミさんの精霊は完全に光の粒となり、天へと昇っていった。


 手の平の上に残された指輪が、少し寂しそうに夕陽を反射している。


「私、精霊術を誤解してたかも……」


「精霊術師の本質は、『この世の精霊の調和を保つこと』です。……精霊と関わるということは、生きている方々の心と関わることでもあるんです……」


「ジュンナが『修行になる』って言ってた理由がわかったわ。確かに、これは今の私に必要だったのかも」


「良い方法だったとは思っていません……。ただ、このまま何も知らずに精霊術師を目指してしまうと、いつか貴女の心が壊れかねないと思ったんです……」


「大丈夫、ありがと……。むしろ、もっと強くならなきゃって思えた」


「リアさん……」


 いよいよ、私の幽霊――精霊への偏見を捨て去る時が来たのかもしれない。今日がその第一歩だ。


「喫茶店に戻りましょう。この指輪、返さないと」



-----------



 私たちが喫茶タカサキに戻った時、お店はすでに閉店した後だった。

 一刻も早く結婚指輪を返したかった私たちは、迷惑を承知でインターホンを鳴らして押しかけた。


「これ……お返しします……」


 メグミさんの失くしていた結婚指輪を差し出すと、高崎さんご夫婦は目を丸くして驚いていた。


「まさか……見つけてくれたのかい……?」


 指輪を受け取ったお二人は、そこに刻まれた思い出を一つ一つ掬い上げるように、ゆっくりと、静かに眺めた。

 内側のイニシャルを目にしたとき、二人はその目を潤ませた。


「あぁ……まさか……本当に……」


「信じられない……一体何とお礼を言ったら良いか……」


「お嬢さん方、本当にありがとう……。私たちも、メグミも、メグミの家族も、これで救われる……」


 良かった。本当に良かった。これで高崎さんたいが救われてくれるのなら、砂まみれになったことなど大したことではない。


 ……メグミさんの精霊に対して、非情な考えを向けてしまったことを、少しでも報いることができただろうか。


「それと、もう一つお伝えしたいことが……」


「指輪以外にも……なにか……?」


「……『これからも店をお願い』、だそうです……」


 メグミさんが消えてしまう間際に受け取った伝言をちゃんと伝えた。

 その言葉を聞いて、お二人の目からは大粒の涙が溢れ、止まらなくなった。

 こんな時、共に涙を流すことができる素直なジュンナが、少し羨ましくなった。

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