幼馴染みはマゲヒロイン ~呪いのちょんまげと、恋と絆の物語~
五平
まけヒロインじゃない。“マゲ”ヒロインです。
隠し扉の奥には、
薄暗い廊下が続いていた。
埃っぽい空気と、
微かに香る墨の匂い。
タケルとハナは、
ちょんまげ人形を扉のくぼみに
差し込んだまま、
恐る恐る足を踏み入れた。
廊下の壁には、
古びた絵が飾られていた。
それは、どれも
ちょんまげを結った女性たちの絵だった。
時代はバラバラだが、
どの女性もどこかハナに似ていた。
タケルは、ハナの家系が
ちょんまげと
深い関わりがあることを改めて感じた。
廊下の突き当りには、
小さな部屋があった。
部屋の中央には、
古びた木製の台座があり、
その上に一冊の書物が置かれていた。
それは、華月が探していた
「真の秘伝の書」だった。
書は、これまでの書物とは
明らかに異なっていた。
表紙には、見慣れない文字が
刻まれており、
不思議な輝きを放っている。
タケルとハナは、
息を呑んで書に近づいた。
ハナが震える手で書を開いた。
そこに記されていたのは、
呪いの真実と、
それを解くための方法だった。
『このちょんまげは、
古の時代より
我ら一族の女性に受け継がれし、
特別な「絆のちょんまげ」である。
しかし、時代が移り変わり、
人々がその真意を忘れし時、
それは呪いへと変じ、
代々の者たちを縛りしめたり。』
ハナが読み進めていく。
タケルはゴクリと唾を飲み込んだ。
絆のちょんまげ。
それが呪いに。
『呪いを解くには、
年に一度、
新月の夜に開かれる
「絆結びの儀」にて、
一族の長の血と、
真の愛を込めた
「絆の緒」を結ぶべし。
されど、その儀は、
人々の嘲りを受け、
忘れ去られし時に行われねば、
真に成就することなし。』
「絆結びの儀……」
ハナが呟いた。
タケルは頭が混乱していた。
嘲りを受ける時に行われる?
どういうことだ?
儀式の時期は「新月の夜」
と書かれているが、
それがいつなのかは不明だった。
「これって、もしかして、
今日のことなんじゃないのか……?」
タケルは突然、そう呟いた。
ハナはハッとした顔で
タケルを見た。
今日はちょうど、新月の夜だ。
「そして、人々の嘲り……」
タケルは、
自分の中にあった
ちょんまげへの嫌悪感を思い出した。
そして、周りの生徒たちの
好奇の目や、
陰でのひそひそ話。
まさか、それが儀式の条件だったとは。
「でも、絆の緒って……?」
ハナが困ったように言った。
書には、絆の緒の作り方は
書かれていなかった。
その時、背後から
華月の声が聞こえた。
「その緒は、
わしが何十年もかけて
集めてきたものじゃ!」
華月は、
いつの間にか部屋に入ってきていた。
彼の両手には、
美しい絹糸の束が抱えられている。
赤、青、黄、緑。
様々な色の糸が、
月明かりに照らされて
キラキラと輝いていた。
「じいちゃん、これは……」
ハナが驚いたように言った。
「これは、代々の絆のちょんまげを
結うために使われてきた糸の、
ほんの一部じゃ。
わしは、いつかこの呪いを解くために、
ずっと集めていたのだ」
華月は目を細め、
糸を愛おしそうに撫でた。
彼の長年の努力が、
今、報われようとしている。
「でも、真の愛を込めて、って……」
ハナはタケルの方を見た。
タケルはハナの視線に気づき、
心臓がドクンと鳴った。
真の愛。
それはつまり、タケルとハナの……。
タケルの脳裏に、
ハナと過ごした
これまでの日々が駆け巡った。
ちょんまげのせいで
からかわれても、
決して屈しないハナの強さ。
どんな時も、
笑顔を絶やさない優しさ。
そして、ちょんまげの秘密を
打ち明けてくれた時の、
あの寂しげな表情。
タケルは気づいた。
自分がハナを好きだという気持ちは、
ちょんまげがあるからとか、
ないからとか、
そんなこと関係ない。
ただ、ハナという人間が好きなんだ。
それが、真の愛だ。
「ハナ……」
タケルはハナの手を握った。
ハナは驚いたように目を見開いたが、
すぐにタケルの手を握り返した。
二人の手のひらから、
温かい気持ちが伝わってくる。
「さあ、儀式を始めるぞ!」
華月が厳かに言った。
部屋の隅には、
小さな祭壇が設けられていた。
祭壇の上には、
古びた鏡と、
水が張られた鉢が置かれている。
華月は、秘伝の書に記された通り、
ハナのちょんまげを慎重に解いた。
ハナの黒く長い髪が、
サラサラと肩に落ちる。
タケルは、ちょんまげのないハナの姿に、
少しだけ違和感を覚えた。
しかし、その違和感は、
すぐに愛おしさへと変わっていった。
次に、華月は、
集めてきた様々な色の絹糸の中から、
特に輝きの強い一本を選び出した。
それは、まるで二人の絆を表すかのように、
鮮やかな赤色だった。
「では、タケル君、
そなたの血を少しだけ……」
華月は小さな針を取り出した。
タケルは少し躊躇したが、
ハナの顔を見て、
意を決した。
チクリとした痛みが走る。
タケルの血が、
絹糸に数滴垂らされた。
血を吸った糸は、
さらに鮮やかな赤色に輝いた。
そして、華月は、
ハナの髪を丁寧に梳かし、
その赤い絹糸を髪に編み込みながら、
再びちょんまげを結い始めた。
その手つきは、
まるで芸術家のようだった。
一つ一つの動きに、
熟練の技と、
ちょんまげへの深い愛情が込められている。
タケルの脳裏には、
華月がちょんまげの歴史を
熱弁していた姿が蘇った。
儀式の間、
タケルはハナの手を握り続けた。
その時、部屋の灯りが
フッと揺らめき、
鏡がかすかに曇った。
外から、
遠吠えのような風の音が聞こえる。
タケルは思わず身構えたが、
ハナの顔を見ると、
彼女は穏やかな表情のままだ。
ハナのちょんまげへの信頼。
タケルは、不安を振り払うように、
より強くハナの手を握りしめた。
そして、ちょんまげが
完成した瞬間、
部屋全体が温かい光に包まれた。
先ほどの不穏な空気は消え去り、
代わりに、
満ち足りた静けさが訪れた。
ハナの頭には、
これまでよりも一回り小さく、
しかし、より美しく、
そして何よりも、
温かい光を放つちょんまげが結われていた。
それは、かつての「呪い」とは違う、
新しい「絆のちょんまげ」だった。
「ハナ……」
タケルは思わず呟いた。
ハナはゆっくりと目を開けた。
その瞳は、
これまでのちょんまげがあった時よりも、
はるかに輝いていた。
「タケル! 私……」
ハナは自分のちょんまげに触れた。
そこから、
温かい力が湧き上がってくるのを感じた。
「呪いは解けた。
そして、このちょんまげは、
これからはそなたの意思で、
自由に結び、解くことができるのだ」
華月が静かに言った。
ハナは、信じられないという顔で、
自分のちょんまげを見つめた。
そして、そっとちょんまげを撫でた。
すると、驚くべきことに、
ちょんまげはスルスルと解け、
ハナの髪が肩に落ちた。
「え……嘘!?」
ハナは声を上げた。
そして、もう一度髪を結い上げると、
再びちょんまげが現れた。
今度は、ハナの意思で、
自由にちょんまげを
結んだり解いたりできるようになったのだ。
「やったな、ハナ!」
タケルは喜びの声を上げた。
ハナは満面の笑みでタケルに抱きついた。
タケルは少し照れながらも、
ハナを抱きしめ返した。
もう、ちょんまげがあるとかないとか、
そんなことはどうでもよかった。
大切なのは、ハナが幸せそうなこと。
そして、自分たちの絆だ。
華月は、
そんな二人を温かい目で見つめていた。
「ふむ、やはりちょんまげは愛をも結ぶか……ワシももう一度、結んでみるかの」
彼は自身のちょんまげにそっと触れ、
満足そうに小さく頷いた。
数日後。
学校でハナのちょんまげは、
以前よりもさらに注目を集めていた。
しかし、それは好奇の目ではなく、
羨望の眼差しだった。
ハナは、その日の気分に合わせて、
ちょんまげを結んだり、
髪を下ろしたりしている。
まるでファッションの一部のように。
ある日、
ハナが髪を下ろして
登校してきた時、
クラスの女子たちが
ハナの周りに集まってきた。
「ハナちゃん、今日の髪型も可愛い!」
「どうやって結んでるの? 教えて!」
そんな声が聞こえてくる。
ハナは照れながらも、
嬉しそうに女子たちと話していた。
タケルは、
そんなハナの姿を
少し離れた場所から見ていた。
もう、ハナが周りから
特別視されることに、
居心地の悪さは感じない。
むしろ、誇らしく思う。
「なあ、ハナ」
タケルが声をかけると、
ハナがこちらを向いた。
その笑顔は、
ちょんまげがあってもなくても、
最高の笑顔だった。
「あんたのちょんまげ、これからは私が守ってあげる」
タケルはそう言って、
ハナの頭を優しく撫でた。
ハナは目を丸くして、
それからクスッと笑った。
「も、もう! バカ!」
ハナはそう言って、
タケルを追いかけた。
校舎に、二人の笑い声が響き渡る。
ちょんまげが繋いだ、
二人の絆は、
これからもずっと続いていく。
幼馴染みはマゲヒロイン ~呪いのちょんまげと、恋と絆の物語~ 五平 @FiveFlat
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