嘘の先にあるもの
文化祭まで残りわずかの日々が過ぎていく。教室は慌ただしく、華やかな装飾と笑い声に包まれていた。
柚葉は手にした紙テープを丁寧に切り取りながら、心の中に広がる不安を押し込めようとしていた。
「ねぇ、柚葉。こっち手伝ってくれる?」
慧の声が聞こえる。彼は楽しそうに看板の文字を書いていた。
「うん、わかった」
振り返りながら、柚葉は少しだけ笑顔を作ったが、その目の奥には迷いがあった。
ノートのこと。あの秘密が誰かに知られてしまうのではないかという恐怖。けれど、同時に慧と過ごす時間の幸福も確かに感じていた。
「文化祭、楽しみだね」
慧の声が優しく響く。柚葉はうなずく。
「楽しみ……」
だが、その瞳は何かを隠しているかのように揺れていた。
教室の扉が静かに開き、結衣が入ってきた。彼女は柚葉の中学時代からの親友であり、クラスの委員だった。
だが、最近の柚葉と慧の距離に気づき、違和感を抱いていた。
「まだ終わってなかったんだ……」
結衣の声には冷たさが混じっていた。
彼女の視線は、柚葉と慧を交互に鋭く射抜く。
「ノートのこと、知ってるの?」
結衣の問いかけに、柚葉は息を呑んだ。慧も言葉を失った。
秘密はもう隠し通せない。
文化祭準備の合間に、三人の間で張り詰めた空気が漂う。
柚葉は戸惑いながらも、心の中の思いを整理しようとしていた。
「結衣、あなたは……」
柚葉の声が震える。
「ずっと、知ってたわよ」
結衣は冷静に答えた。
「ノートのこと。あの嘘の力のこと。全部」
柚葉の顔に涙がにじんだ。
だが、言い訳はできなかった。
「私たちのこと、どう思ってるの?」
慧が静かに尋ねた。
「……複雑よ」
結衣は目を伏せる。
「でも、あなたたちが幸せになるなら、私は応援する」
柚葉は驚いたが、ほっとした気持ちもあった。
その場の空気が少しだけ和らいだ。
その夜、柚葉はノートを開いた。
ページをめくると、今まで書いてきた嘘と願いが並んでいる。
だが、今日は違った。
「嘘じゃなくて、ほんとの気持ちを書きたい」
そう心に誓った。
翌日、文化祭の本番が近づき、教室は笑い声と歓声に溢れていた。
柚葉と慧は並んで作業を続けていた。
時折、目が合うと自然と微笑み合う。
だが、どこかぎこちない空気もあった。
「柚葉」
慧が声をかける。
「うん?」
「俺さ、ずっと言いたかったことがあるんだ」
柚葉は息を呑む。
「好きだ。嘘じゃなくて、ほんとうに」
その言葉に、柚葉は涙をこぼした。
そして、そっと手を握り返す。
「私も……私もずっと好きだった」
二人の間に静かな幸福が満ちた。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
ノートの秘密は、まだ終わっていなかった。
翌日、結衣はノートを持って一人、廊下を歩いていた。
その手には決意が宿っていた。
「これを使って、私も変わる」
ノートの力を手に入れた彼女は、新たな物語を紡ぎ始める。
だが、それは誰かを傷つけることになるかもしれないと、彼女自身も感じていた。
一方、慧と柚葉は文化祭当日を迎えた。
笑顔の裏に、それぞれの思いが渦巻いていた。
「全てがうまくいきますように」
柚葉は心の中で祈った。
文化祭の賑わいの中、ふたりの未来はまだ見えなかった。
だが、その一歩は確かに踏み出されていた。
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