第5話 病弱王子は計画的に
今日もエミリアから報連相が届く。
いつでも連絡が取れる魔道具を渡しておいてよかった。
報連相の中身はもっぱら、最近になって変装して身分を隠してエミリアに近づいている妹王女のことだ。
王女の目的は大体察してはいたけれど、エミリアの声を聴ける報連相の時間は貴重なので黙っている。
王女への対処はエミリアに一任している。何を話してもいいし、どんな話題でも不敬に問わないと約束しているにも拘らずこうして細やかに連絡してくる。
普段の繊細さと、覚悟を決めると豪胆になるところ。どちらもエミリアの長所だ。
エミリアと良き関係が結べるなら、王女が道を間違えることはないだろう。
◇◇◇
エミリアとの出会いは10年前にさかのぼる。
生まれた時から病弱でベッドの上が世界のほぼすべて。主治医には大人になるまで生き残れる保証はないと匙を投げられ、この国の第一王子として生まれたのに父親である国王からも捨てられた。そんな子供のころだった。
物心つく前から父親がいないのはあたりまえだった。そのぶん母上が愛情を注いでくれたし、母上の部下や使用人たちも親切にしてくれたので病気以外でつらいことはなかった。
もっと幼いころには寂しい思いもしたのかもしれないけれど、覚えていないので問題ない。
病弱な王子を免罪符に国王は側妃を娶り新しい家族を作っていたが、 そもそも病弱な子供も健康な子供も大人になれるまで生き残れる保証なんてないはずなのに、おかしな話だ。
病気、事故、事件。病弱だろうと健康だろうと、何が起きるかわからないのだ。それは、子供だけじゃなく大人もだけど。誰が何をもって保証するのやら。
まあ、そんなことはどうでもいい。
病弱ゆえに常にベッドの上。動かないから食欲がわかない。食べないから体力がつかない。悪循環だった。それでも、王族ゆえに手厚い看護と治療でなんとか生き延びていた。
成長するにつれ子供特有の病気の症状が緩和し、10年前には母上の公務を兼ねた保養先に出発するにいたる。初めての旅行に高揚していたことを覚えている。
その道中、馬車がトラブルを起こして立ち往生しているところに偶然通りかかったホッジ伯爵父娘に助けられた。
運命の出会いだった。
行き先が同じだったので伯爵家の馬車に同乗させてもらい、せっかくだからと保養地にも一緒に来てもらった。
大人たちが病弱な王子の我がままを叶えてくれたのだ。
滞在先の邸では毎日エミリアと遊んだ。
一緒に読書。邸内を探検。庭を散歩。
初めての友達。年下の優しい女の子に夢中になった。
エミールとエミリア。名前が似ているところもうれしかった。
エミリアと遊び、おやつを食べ、また遊び、食事をする。
一緒に遊ぶことで食欲がわいて、体力がついていった。
初めてピクニックに行ってはしゃいで熱を出したのもいい思い出だ。エミリアが看病してくれたから。
ホッジ伯爵がエミリアを慈しむ様子を見て、父親の愛情とはどういうものかを学んだ。
貴重な経験だった。
保養先から帰ってからも、手紙や魔道具でエミリアとの付き合いは続いた。
ホッジ伯爵父娘は母上のお眼鏡にもかなったようで、エミリアをプライベート空間に招待する許可もくれたので直接会うこともできた。
母上もエミリアが気に入っているようだった。
未来をあきらめていた病弱な王子に目標ができた。
そのためになることを子供の頭で考えて、体を動かし体力をつけ、勉学に励み、健康を手に入れた。
健康になってからも世間的には病弱王子のままで通した。本当のことを知っているのはごく一部だ。
王位を継ぐつもりはなかったし、こちらが病弱だと侮ってくれた方がなにかと都合がよかった。母上も僕の考えに賛同して協力してくれた。
病弱王子なので社交界に出るのは必要最低限で済む。婚約者も必要ない。臣籍に下る予定。
野心のある面倒なやつらはあまり近づいてこない。実に気楽だ。
ホッジ伯爵には婿入りの件で内々に話を通してある。あとはエミリアの気持ちとタイミングの問題。早くから正式な婚約を結ばないのはホッジ伯爵家を面倒ごとに巻き込まないためだ。
お互い決定的なことを口に出さないが、エミリアとは同じ未来を見ていると信じている。まったく同じ未来じゃなくても方向は一緒のはず。うん。
忙しすぎる母上の手伝いをしつつ、来る日のために勉強させてもらう。
エミリアとの交流も順調に続いている。
穏やかで平和な日々を送っていた。
国王の新しい愛妾と側妃一家に起きた小さな事件の数々。
母上は早くから情報を握っていたようだ。
僕が知らされたのはエミリアから、王女が変装して子爵令嬢として近づいてきたのでどう対処したらいいか? と訊かれる少し前のことだった。
母上は知っていて、あえて側妃一家のことを放置していた。
それは王族としての資質を計るためだった。
まあ側妃本人に関しては諦めていたようなので、実質は王女と第二王子の資質を計るための試練としていたようだ。
まさか、その試練にエミリアが巻き込まれるとは思わなかったけれど。
エミリアには、何を話してもいいしどんな話題でも不敬に問わないとした。
そのうえで、王女に気づかないふりをして子爵令嬢として付き合ってやってほしいと、母上から指令が下った。
真面目なエミリアは、毎回魔道具で報連相してくれる。連絡係を仰せつかった僕は役得だった。
エミリアの報連相で知る妹王女の幼さが気になった。兄妹とはいえ全く付き合いがないので、王族としてどんな教育を受けてどんな性格をしているのかも全然知らなかったがこれは酷いと思った。
エミリアのアドバイスからだろう、いつからか王妃の宮で使用人の恰好をして髪色と瞳の色を変えて眼鏡をかけて変装しているつもりらしい王女の姿を見かけるようになった。
チラチラとこちらをうかがっている姿が気になったが、王妃の命により皆気づかないふりをしてやり過ごしていた。
ある時など遊びに来ていたエミリアが使用人姿の王女に遭遇して、気づかないふりをしながらも笑いをこらえて肩が震えていた。つられてこっちまで笑いをこらえるのが大変だった。
母上は世間では慈母や慈愛の王妃などと呼ばれている。
だが、優しいだけでは国を動かすことは出来ない。苛烈な面も持っている。
第二王子の食事に毒が盛られることを事前に知っていて何もしなかった。もちろん犯人についても知っている。毒見役が防ぐことも予見していたからだろうけれど、それでもだ。
あくまで側妃一家で解決すべき問題として、事前に情報を得ていても何もしないを徹底していた。
国王に関しては、もっと厳しい対処をしていた。
幼いころは気づかなかったが、母上が王妃の裁量を超えて国王の仕事を押し付けられるままにこなしていたのは権力を奪うためだったのだ。
賓客も重要な案件もすべては王妃のもとに集まる。
国王はすでに飾りでしかない。心ある人間は誰がこの国を動かしているのかを察している。
すべてが王妃の掌の上。
今回の一件は、エミリアの推察がほとんど正解だった。
ほとんど正解どまりなのは、リンダ・デイヴィスは身ごもっていなかったからだ。
これから身ごもる予定だったと証言している。しかも、年が近い第一王子から子種をもらう予定だったなどとおぞましいにもほどがある証言もあった。
こんなおぞましい言葉がエミリアの耳に入ってはいけないので、リンダ・デイヴィスとその実家のデイヴィス男爵家及びそれに加担した者については徹底的に処分した。そう、徹底的に。
王女を導き、少ない情報を拾い上げ犯人の動機を推察したエミリア。
母上がエミリアを自分の後継にするのではと警戒していたら、
「私はかわいい娘に私と同じ苦労をさせたくないわ。
それよりエミリアを早く本当の娘にしたいのだけど」
と母上が持っていた書類の束で頭を小突かれた。痛い。いろいろと痛い。
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