第6話 但し、計画通りにいくとはかぎらない

 頼って来た王女に対し試練を与えていた苛烈な面を見せず、慈母の顔だけを見せて懐に取り入れ王女と第二王子を王妃の庇護下に置いた母上の手腕は見事だった。

 余計な横やりが入らないように側妃と側妃の実家もすでに押さえてある。

 王女はすっかり王妃に心酔していた。


 王妃のもとで学ぶことで、妹と弟は愚かでかわいい人形からすっかり人間になった。喜ばしいことだ。


 弟には僕の我がままで重圧を背負わせてしまうことになるので、いずれ来るその日に彼が困らないように僕に教えられることは教えるつもりだ。

 今日は剣術の訓練を見てやることになっている。

 罪悪感からつい甘くなってしまうので、気を引き締めなければ。 



 弟が昼寝中の母上と妹と3人の茶の席で、第二王子暗殺未遂及び毒殺未遂事件にかかわった者たちの顛末を妹に聞かせた。

 茶会には似つかわしくない話題だが、弟の年齢を考慮してまずは妹に話して聞かせた。弟に伝えるかどうかは任せることにして。


 話の流れから愛妾がいなくなったのに父親が側妃の宮に帰ってこないと妹が疑問を口にしたので、新しい愛妾と前のとは別の王家所有の別荘で暮らしていることを伝えたら苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

 「あの人は昔から若い女が好きだから。それにしても娘と同じ年齢の令嬢を愛妾にするなんて引くわあ」


 母上の言葉に、妹も父親に対してドン引きしているようだった。


 「あ、そうそう。あの人に子供はもうできないことを話すのを忘れていたわ。

 王位継承権で揉めることはないから安心してね」


 「「はっ!」」


 母上の爆弾発言で妹と同時に王族らしからぬ声を上げてしまった。

 なんでも第二王子が無事に生まれた時点で、国王本人にも秘密裏に断種が行われたのだそうだ。後の継承問題を防ぐために。

 重大案件をなんでもないことのように話しているけど、そんなに前から国王は王妃の掌の上で踊っていたのかと思うと笑うしかない。

 妹はまだアングリと口を開いたまま間抜けな顔をしていた。



 あれから、王女と第二王子が王妃の庇護下に入り王妃が後ろ盾になったことが貴族たちに周知された。それにより第二王子の存在感が強まり立場が盤石になった。

 もともとあってないようなものだった側妃派閥は瓦解し消滅するかに思えたが、王妃のもとで学んでいる王女が派閥を引き継いだ。

 側妃は国王の寵愛を失って輝きを失い引きこもりがちだったそうだが、娘である王女に叱咤され次代の王の母親として恥ずかしくないふるまいを強いられている。


 国王については、完全に名前だけの人になった。新しい愛妾のもとで暮らしていることしかわからない。表舞台に出てこないように完璧に王妃とその派閥の者たちにコントロールされている。

 近々第二王子を立太子させ、国王の権限を名実ともに完膚なきまでに奪う予定だとか。


 「あの人については、与えられる自由の範囲内でなら好きにしてもいいけれどそれ以上を望むなら……」

 と母上は黒い微笑をみせた。


 このまま何事もなければ、第二王子が成人したら即位させることが決定している。それまでに間に合うようにと王女と第二王子の教育はスパルタで進んでいる。本人たちは気づいていないようだけど。

 病弱な第一王子を持ち上げようとする者も完全にいなくなり、ようやく肩の荷が下りた。




 ◇◇◇



 

 エミリアと2人の茶会。

 病弱な第一王子とエミリア・ホッジ伯爵令嬢の婚約が正式に発表された。

 それによりこうして堂々と2人で茶会やデートを楽しむことができる。

 庭園に用意されたテーブルの向かい側でニコニコしているエミリアの笑顔の眩しさに目を細める。

 

 昨日もヘイゼル・シェード子爵令嬢が遊びに来たと楽しそうに話す。

 いい加減妹に変装がバレていることを教えてもいいのだけれど、エミリアが

 「いつ気づくのか興味があるので黙っていましょう」

 と悪い顔で楽しそうにするから、妹にはまだ教えない。


 「エミリアのそういう少し腹黒いところも好きだよ」

 と言うと、

 「私もエミール様の黒いところも好ましく思っています」

 と返してくれる。


 お互いの黒い部分を容認し合えるいい関係を築けている。

 正式な婚約者となったことで、かん口令が敷かれていた第二王子毒殺未遂事件の全容を話す許可が下りた。おぞましいたくらみのことは言わないけれど。

 あの時のエミリアの推察がほぼ正解だったと告げると、


 「あれは王妃様のおかげです。

 情報を制する者が戦を制する。

 正しい情報は力になる。

 情報を味方にせよ。

 すべて王妃様の教えです」

 

 胸に手を当て母上からの薫陶を誇らしげにそらんじる。


 「エミリアって少し母上と似てるところあるよね」

 ポロっとこぼれた言葉に

 

 「嬉しい! 尊敬する王妃様と似ているなんて恐悦至極に存じますわ」

 と大げさに喜んだエミリアが、ニヤリと悪い笑顔になり


 「あら? 私が王妃様と似ているということはエミール様は母親に似ている女を伴侶に選んだ。つまり、マザ」


 「マザコンじゃないからね!」

 かぶせるように慌てて否定した。みなまで言わせない。


 「マザ」

 「ちがうから」

 「でも」

 「ちがうよ」

  

 じゃれるような言い合いをしていると、エミリアへのお土産だろう収穫したばかりの野菜をかごいっぱいに持った母上が乱入してきた。


 「娘と似ているなんて嬉しいわ」

 「私もです。お母様」


 2人の会話に義理というニュアンスが感じられない。未来の嫁と姑の仲が良くて何よりだ。


 「似てる似てないで言えば、実子であるあなたの方がよっぽど似ているのではなくて? お腹の中が真っ黒なところとか。ね、エミール」


 「私はお2人の真っ黒なところも大好きです!」


 「ハハハ」

 「ウフフ」

 「ホホホ」


 青空に笑い声がこだまする。


 お土産の野菜を馬車に運ぶようエミリアが手配しているうちに、どうやら母上はここで退散してくれるようだ。

 去り際に小声で

「エミリアと私じゃ似てないところの方が多いから安心しなさい」

 と笑った。そして

 「10年来の計画が成功して良かったわね」

 と僕の頭をひと撫でして去っていった。


 いつから気づいていたのだろう。

 王妃として母親としても尊敬する貴女にはまったく頭が上がりません。


 来年には病弱な第一王子は婚約者のエミリア・ホッジ伯爵令嬢と婚姻し、ホッジ伯爵家に婿入りする。

 同時に現ホッジ伯爵家当主は引退し、当主交代が行われる。それに伴いホッジ伯爵家は陞爵しホッジ侯爵家に変わる。

 病弱な第一王子の僕はエミール・ホッジ侯爵になり、エミリアはホッジ侯爵夫人となる。


 こうして10年前に憧れた温かい父娘と、僕は家族になる。


 途中、計画には無かった妹弟と仲良くなるというハプニングもあったけれど、すべて丸く収まったのでこれはこれで良かったのだろう。

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友人と不敬な会話をしたら楕円形に丸く収まった @159roman

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